職種に関するあれこれの議論 続編(デザイナーって何?)

で、結局なんでこんな事を言い出すのかを考えてみた。
結局いやなのは、この3つだと明らかになった。

1)線を引いて責任逃れすんのが嫌い
職種や職業で自分がする範囲を決めて、最終的にそれ自分の仕事じゃな〜い!みたいな雰囲気で責任を放棄したりされるのが嫌。そんなやつには、バ〜カそんなんじゃ結局何もできない人になっちゃうよ。って僕は思っちゃう。
いいかえると、(言い方だけかもしれないけど)、得意不得意や時間や体調や立場でできないことあるけど、それらを理解して会話をしたいだけ。きっとそれが成立すれば、オトナらしいコミュニケーションが成立する。
だってそんな責任逃れが認められるのなら、きりがないから。厳しくいきたい。
でも、お金が動く関係であればあるほど、しっかりと線を引かないといけない事もある。

2)自分が縛られるのがいや
いや僕別にこの業界じゃなくてもいいんですよ、きっと。っていうスタンスで仕事している。本気ではないのかもしれないけど、おもしろいと思うからやっていて、他にもっとおもしろそうな業界であれば、今の年齢ならすぐに転職しているかもしれない。その上で、結構何でもできる人になっておきたいという不安から、縛って考えるのが本当にいや。

3)特にこの業界は、細分化しすぎてごまかされている感覚がいや
えらくかっこいい職種だけど、結局何やってくれんスカ?ってのが見えないといや。個人的には、そういう職種にはつっこみたくなる。

ほんでデザイナーって?
ほんで自分が昔なりたかったデザイナーという職種についてあらためて考えてみようと思う。
定義が広すぎてよく分かんなくなるが、グラフィックやウェブに置き換えて考えると、
構成やストーリーを考えられる人がデザイナーであり、すげー緻密な作業ができる人だけがデザイナーという訳ではない。そういう意味では、コピー周りもできないといけないし、ニーズをヒアリングする能力も必要だし、日々の洞察力や自ら進んで背景を聞いたり調べたりすることはすごい大事である。感覚的なデザインもあるが、そういう奥ゆかしさみたいなもんに僕は魅力を感じたりする。

ほんでデザイナーって?
簡単にいうと理想は、
頭がすっごい柔らかくて、手先が器用で、答えを何通りも出せる人。
あたまでっかちな頭のよさではなくて、スマートというニュアンスの賢さ。
コミュニケーションも経験も全てにおいて。
なんだろうね。

という意味では理想のデザイナーにはなれなくて一旦挫折したが、
広い視野を持とうと思ってやってんだろうな今の仕事。
ということでいろいろ考えて文章になおしていると何だかよくわかんなくなってきたので、

この話は終わり。
まあ、どうせ仕事するんなら、お互い理解して仕事していきまひょ。って事だなきっと。

クリエイティブの定義

クリエイティブとは、何でしょうか?
お仕事の話になるのか?プライベートの話になるのか?
僕の場合は、両方に掛かってくるのでプライベートブログのこっちに
エントリーします。

僕は、クリエイティブやデザインが好きです。
何故なら新しいものを生み出すことができるから。
そしていろんな発見があるから。
だから、、この仕事を続けているのだと思います。

ちょっと業界っぽくなりますが、
そもそもクリエイティブの定義とは何でしょうか?
広告物では、「制作物」。また一般には「独創的」などの意味があります。

クリエイティブとは – はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AF%A5%EA%A5%A8%A5%A4%A5%C6%A5%A3%A5%D6

一般には、このデザインがなんかクリエイティブだよね?
というような使い方をよく耳にするような気がします。
デザインという言葉にも同じような意味が含まれるのだと思いますが、
僕は「クリエイティブ」を自分の中でこう定義しています。

クリエイティブとは、「新しくその人しかできない」をつくりだすこと。
そしてクリエイティブ力とは、下記の要素が含まれているような気がしています。

  1. 人と人との会話を創りだすことができる
  2. 空気・雰囲気をつくることができる
  3. マーケットをつくることができる
  4. 企画をたてれる
  5. 構成をつくれる
  6. 効率を求めて新しい手法がうまれる
  7. コピーを書ける
  8. 見た目をつくれる
  9. プログラムで表現できる
  10. FLASHで表現できる
  11. 映像で表現できる

そういう意味では、この業界でなくてもクリエティブはできるということになります。
上記は単なるスキルに過ぎなくて、
本当の意味でクリエイティブができる人っていうのは、
きっと有名な人の中でも、さらに一握りしかいないような気がしています。

で、何でこんな話をするかというと、
ウェブの業界に至っては、上記すべての内容をバランスよく、
クリアしなければ生き残っていけないと感じているから。

そして僕の中での優先順位は、上記の通り。
うん。ほぼ、間違いない。だからって下の方の内容を軽視しているって意味ではなく、
今、僕の中で確実にしたい事を順番に並べてみただけ。

ちなみにデザインの定義をするとすれば、
ちょっと違う意味になってきますが、何だかきれいな色味にするとか、
文字を綺麗に読みやすくするというイメージもあったりするので
今回はクリエイティブという言葉の定義にしました。

近い将来は違う仕事をしているかも。農業とかかな。

優しく冷酷な忠告と自我の大声

めでたく27歳になりました。
大人の階段を一歩ずつ上がっている最中です。
27歳って言うのは大人なのか子供なのかよく分からない歳ではありますが、
「子供のままでいたい」「大人になりたくない」感情の中で、日々生活をしております。

最近何故か「しかられる」「しぼられる」ことに感度が強い。

人は歳を取れば取るほど、怒られない。
「その人はその人の人生をそうやって生きているのだから、尊重しよう」
とするのか、
「そんな人はどうでもよい。僕に影響力がないから。」
とするのか、いずれにしても怒られない。

「なめられている。」
「自分がよくなるかもしれないアイデアをその人が持っている可能性がある。」
だからこそ、「怒る」言葉に耳を傾けなければならないと思う。

そんな中、忠告してくれる人に僕は耳を傾ける。
たまたまなのかもしれないが、僕に対して忠告してくれる人の言葉は
優しく冷酷で現実的な内容であることが多い。
その言葉は、まるで毒リンゴのように僕を突き刺す。
メッセージを伝える場合、やはりそういう方法が最適なのだろうか。

また、忠告というか自分の立場でモノゴトを伝える人がいる。
いや、不器用で悪い環境でそうするしかないのかもしれない。
とにかく、大きな声をだして怒る人がいる。
その言葉は、ノイズにしか聞こえない。
そのノイズが嫌だから、仕方なく従うということにしかならない。
自分事にはならない。

ある人はいっていた。
「人に合わせるのではなく、人を理解してモノゴトを進める」
だから自由でもよい。いいなりの人生なんて楽しくないもんね。

だから僕は、優しく冷静な忠告をしてくれる人に囲まれながら、
何か間違えているような事があれば、
優しく冷静な忠告をうまく伝える術をつけなければならないと
最近感じているわけである。

信じません(反論)「神様バランス論」

先日「神様バランス論」を説いたが、様々な方から反論をいただいた。
少し興味深かったので、解説しようと思う。

僕の考える神様バランス論は、言い返せば「みな平等」だということ。そして、反論とは、「みな平等ではない」ということ。
僕の考える神様は、おっちょこちょいだけど、みな平等にするさじ加減をもっている。
対して、他の他の人が考える神様は、言い換えれば「さじ加減はもっていない」ということ。

ある人は言っていた。
神様とは・・・・
例えば、飲食店や料理のようなもので、
神様は何人もいる。
汚くてまずい中華料理屋さんの神様もいれば、
一流フランス料理店のシェフのようなプロの料理人(神様)もいる。

そこで、料理(人間)をつくるのですが、
汚くてまずい中華料理屋さんは、やっぱりまずい料理(人間)しかつくれない。
ただし、そこで奇跡が起こることもある。
一流フランス料理店のシェフでもさじ加減でまずい料理(人間)をつくってしまう
こともある。

ということで平等ではない。
ただし、その運命というものは、僕は信じます。
運命の中であそぶ。という精神は、今までもこれからも信じます。

僕は神様を信じます「神様バランス論」

僕は無宗教ですが、神様を信じます。
神様は平等です。神様は逆らえない存在です。
嘘も苦手なので正直に生きます。

それだけ書いても、「何だか変な人だな」と思われるので、
その中でも「神様は平等だ」という理由について
説いてみようと思います。

僕は既に「神様バランス論」について
周りに説きましたが、しつこくブログでも展開します。

僕の周りには、素晴らしい才能に恵まれている人が
多くいる。人間やはり素晴らしい所は必ず1つはある。
ただ、素晴らしすぎる人はいない。
素晴らしい人は神様だけである。

そして、神様は平等である。
素晴らしい才能を与えたら、そのバランスをとるために
残念な事(嫌いな事)を神様のさじ加減で調整する。

神様が人間をつくるときの戯言:

「この人間は、イケメン(美人)にしてみよっと。
 でもバランス悪いから、頭悪くしてみよ」

「この人間は、頭よくしてみよっと。
 でもバランス悪いから、ファッションセンスはなしでいいや。」

「この人間は、やたら運と健康に素晴らしい人間にしてみよ。
 でもバランス悪いから、不器用な人間にしてみよ。」(←僕)

「この人間は、優しい人間にしてみよ。
 でも、肌が悪い人間でバランスとれるかな。」

そして、そのバランスに乗っ取り、
才能に恵まれ、残念な自分自身に悩み、運命という道をたどる。

だから、嫌いな人がいる人。
その人の残念な部分を軽蔑してみてください。
ただ、その人の素晴らしいところをひとつでも見つけてみてください。

そして自分自身。
嫌いな部分は、神様のバランスだと思って
あきらめてください。
ただ、もしかして自分自身が嫌いなだけで
それは素晴らしい才能かもしれないし、
違うところに素晴らしい才能が眠っているかもしれない。
ものは考えようです。

と考えると、
自分も人も嫌いになれない。

僕は無宗教ですが、神様を信じます。
神様は平等です。神様は逆らえない存在です。
嘘も苦手なので正直に生きます。

パッションとハッピー

先日、同業種の先輩と飲んだ。
まあ、この業界の諸々を話した訳なんですが、
僕のステートメントに追加されるキーワードを話してくれた。

それは、ハッピー。
今までは、冷静と情熱だったが、それに付加して
ハッピーという言葉である。

どんな事をするにも、パッションというひた向きな心持ちと
みんなをハッピーにさせる、そして自分がハッピーになることが
すごい重要な事であるということ。

いくら厳しい事でもパッションとハッピーがあれば
何でもできる。

いわゆる根性論ではない。
僕は根性論は嫌いである。痛いの嫌いだし、しんどいのつらいし。
ある程度の事は根性がないとだめだが、
根性とは-10の事を0に戻すためのものであり、
0を100にする方法論にはならない。

パッションとお金

資本主義のねじれって言うんですか?これが資本主義っていうのですか?

パッションがあってもできないものはできない。
パッションがあってもお金は生まれない。
ただし、パッションがないと将来のお金は生まれない。

そんな事を考えた1日でした。
人のせいにばかりしてもしょうがないのですが、
立場ってものは、やはり自分の判断基準になったりする。
誰もかれも好きというのは誤解があるが、
人を嫌いになる理由って生理的に受け付けない場合を除き、
「立場上嫌い」ということに過ぎない。
だから、挟まれて「どっちをとるの?」的に揺さぶられたときは、
何かしら理由をつける必要がある。

例えば、お金と世の中の関係。

給料という視点で考えると、到底追いつかないし、無理だと思っている。
スキルがないのかもしれないし、売り上げが足りないのかもしれない。
ただ、対外的に自分のプレゼンテーションができず、損をしているだけなのかもしれない。
欲しいモノはいっぱいあるし、貯めなきゃならない理由もあるんだけど、なかなかお金がたまらない。

そして、世の中のみんな給料が低いと嘆く。

ただ、いい格好するわけではないけれど、
僕はお金をもらって、さらに将来のお金(関係)を貯金しているのだと
考えるようにしている。(そろそろ実際のお金になるころかな?)

だから、パッションが大事なのである。
将来のためって理由をつけてがんばれるし、
何か、プラス思考でモノゴトを考えていると
まるでドラッグのように、自分自身を洗脳しているようにも感じる。

最近同じ事ばっかり書いている。
何となくつけた「つれづれなる日記」だけど、
そうして人生は続いていくんだろうな。

…………to be continued

職種の行く末

この業界。ほんとに入るまではどのような職種の人が何をしていてなど全く分からなかった。いつまでこの業界の仕事をしているかは分からないが、きっと当面は続けるのだと思っている。それはたまたまこの業界での経験があるということと、おそらくこの業界に自分の好きな事が多い(かった)ということにある。

そんな中、今まで職種云々以前に気をつけていたことがある。
デザイナーであろうがディレクターであろうが、そうゆう職種の前に社会人であるということ。言葉遣いはもちろんながら、社会的なルールや話題など、そんな普通の事が果たせなくて何ができると。。

そういう意味では、このウェブ業界っていうのは本当に甘い。いや、それに甘えている節もある。
業界が成熟していないので、よけいに天狗になってしまいがちな業界である。
技術力云々は除いて、大きな会社と取引があるから素晴らしい訳ではない。
それは、自分の力ではない。
同じ業界の会社から下請けでお金をもらうならまだともかく、
そうでもないお客さんにああだこうだ言い訳はしたくない。
そんな人にお願いしたくない。
だから、同じ業界の人と話す時も、直接的な話はしないし(してもおもしろくないし)、違う業界の人の話を聞く方が面白い。

ディレクターやプロデューサーは、そういう意味で直接お客さんに接しやすいポジションであり、クリエイティブ云々よりも社会人として、いろいろと感じる事ができる素晴らしいポジションだと思っている。
僕に才能はありません。だからこの職種を選んでいる節があります。

だから経験を積みます。経験を積めるようなところへ自ら進みます。しんどい事も楽しいことも。

そして、職種の行く末。
どのような職種の行く末も、
結局は、「立派な大人」なのです。
ただただそれだけ。

ぱねーの行く末

僕は最近この言葉をよく使う。
「ぱねー」
「半端ない」という言葉の略である。

この言葉、軽くしているように見せかけて、実は重たいのである。

「ぱねー」事は、
この日本の社会の中で、実に難しいことなのである。

解説はこちら。
http://www.emitefil.com/column/dictionary/hanpanai.html

同義語として、「スゴイ」とか「超」とかそういう言葉がある。

僕の中ではこう定義する

白か黒。

中途半端なものではない。

ひたむきで一生懸命な精神でもあり、人間らしい側面もある。

そして、ぱねーの行く末は、ぱねーである。
中途半端なものは、企業もモノも人もなくなっていく。
職人は職人として、商人は商人として、両方バランスのとれた人間が間に立ち、
中途半端なものは、やはりなくなっていく。
ぱねーの行く末は、ぱねーである。

夢とか未来とか理想とかそういうもんに憧れる

いや〜。ちょっと前は違った訳ですよ。本当に。
最近、体力不足は痛感しながらも、夢とか未来とか理想とか希望とかそういうもんがあるから頑張れるんです。

もちろんリスクとか妥協とかそういうもんと戦いながら日々生きとる訳ですが、現実的に考えすぎても前に進まん。ってことが最近分かってきたから、なんと言うか、圧倒的なプラス思考でいろんな人を巻き込んでやると意気揚々と日々精進しとる訳です。

ただ、そんなことばっかり夢見ていても誰も信用してくれないので、時に超リアリストにもなってみせる。
今の仕事を起点に考えるとするならば、表現の勉強のみならず、「経営」だったり、「コンサル」だったり、「心理学」だったり、「人間関係」だったりと、薄っぺらい考えだと表現とは結びつかない次元の事を考えることが多い。

そして主観でモノゴトを判断しない事を心がけている。もちろん意見はいうが、それを押し付けないように心がけている。モノゴトはまず伝える事から始まる。

問題が起こる/理想が高まる
なぜ、そのような問題が起こっているかを考える

それをどのように解決するかアイデアが生まれる

そのアイデアをどのように伝えるかを具体的に表現する/実施する

これの繰り返し。どの仕事においてもそういうことなんだと思う。最近つぶやきが多い。それは周囲との考えや温度のギャップが非常に多く感じる事からである。
十人十色。
そんな言葉にあるようにみんな違うし、それがあっていいと思うが、やっぱりいろんな色が混じり合ってひとつの色になるのが望ましい。

そんなかで夢とか未来とか理想とかそういうもんを考える。
世の中は厳しい。はっきり言って、結論が見えている中でただただ時間だけが流れていくのが嫌なだけ。

どうせ生きるなら楽しい風に考えていきたい。

ひたむきとしたむき

ひた向きな姿は誰が見ても素晴らしい。

現実問題、ひた向きだからうまくいくとは限らないが、ある程度のスキルまでは、ビギナーが一からはじめても追いついてくるものである。ひた向きであれば。

昨日、同窓会で友達と飲んだ。とある友達が
「経験が長いからディレクターやって。ちょっとだけお金払うから」という状況になっているらしい。
妻子持ちの年上スキル不足オペレーター(はいはい人間)と自己主張の強いアーティスト同性代(おれおれ人間)に対し、愛を込めて教えないといけない立場。僕は人ごとのように、無理だと思うなら辞めなよ。と冷たく優しくアドバイスした。

彼女は頑張り屋さんで情があり、ただ女性らしく現実的な部分もあり、僕と似ている。
「気持ち分かるよ〜」と杯を交わした。(僕はやくざではないけれど)

その中で彼女は、冗談まじりで僕にいった。
「経験のある人よりもひたむきで何も経験していない若いドシロウトの方がやりやすい。」と。
そこまでの状況は大きくいうと、資本主義が生み出したねじれ。のような気もするし、人生の中では一瞬のたわごとなのかもしれない。

もっと世の中は面白いはずだし、それを僕は信じたい。
したむきにその世界だけで生きたくはない。違う業界と絡む事ができる僕の今の仕事はだからこそ好きだし、やりがいがあると思っている訳です。

ひたむきな人間になろう。したむきでは前に進まない。
やっぱりうっとうしいくらいプラス思考が当面の僕のテーマである。

そして僕は冷たくなった

よく飲んでいる人に昨日そういわれた。やっぱり僕は基本的にはさめているんだろうな。だからこそ、明るくしようと思っているし楽しくしようと思っている。
何が正解か何が楽しいかよく分からない世の中だし、一度きりの人生だからこそ、冷静に決断することはして、楽しいことは楽しいということで、後悔のない人生を送りたいものですなぁ。

信頼していないワケではないんだよ。世の中の動きがそうなっているだけ

僕の仕事はウェブデレクター。お客さんと制作サイドとサンドウィッチになって時にはぎゅーっとプレッシャーを与えられる立場。お客さんからは「まだ~」といわれ制作サイドからは、「聞いていない~」「スケジュール短い~」とわがままを吸収する立場。
まじめすぎる人ではこの仕事はできないだろうな。理解してもらおうとも思わない。ココロの中でずっと思っているだけ、お客さんに対しては「お金と労力を引き替えに仕事をしているんだよ。」お金が絶対的なら、他の業者に回せばいいじゃん。制作サイドには、「じゃあ、直接やってみたらどうですか?」「自由に発言できるよ。」と黒山本がにょきっと顔を出すわけです。
でも、そんな事を考えていても、ストレスしか生まれてこないので、いちいちそんな事は発言しません。
で、そんな間に立つ立場としての理想論。
「手放しでも誰もストレス貯まらず仕事ができること」
「パソコンで入力はせず、閲覧のみで仕事が進んでいくこと。」
仕事の上での通訳者として、うまくやっていきたいって思うわけです。
みんな楽できて、お金もお互い稼げればそれでいいじゃん!
そんな日々の業務がありながら、お客さんも制作サイドも信頼していないワケじゃないんだよ。ただ、信頼していなければ、オペレーション的に上下関係ができてしまうし、「丸投げ」という言葉は、信頼しているからできること。それをストレスに感じなくて欲しいんだわ。いろんな人がその人の立場を尊重して仕事がしたい。
~人間だもの~

安い仕事とうまい仕事

ふとそう感じるときがある。
儲かる仕事。安い仕事。得れる給料。遊びたいお金。足りないお金。福沢諭吉さん。
頑張って頑張って働いて得れるお金。
今働いているこの業界は好きだけど、僕自身ウェブディレクターではなく、この仕事は事務職だと思っている。決して事務職のヒトを馬鹿にしている訳ではありません。
お客さんの声を聞いて、エクセルで内容をまとめて、これでいいですかと問いかけながら、業務を進行する。
決してそれが悪い訳ではない。
淡々と進める事も可能だし、多分今の状況でもうまくやれば、定時でさっぱり帰れるのだと思っている。

話は少し変わり、安い儲からない仕事は、それを突き動かす相当の理由がなければ、絶対うまくいかない。
それは、個人的な理由でもかまわないと思っている。
担当者がかわいい。その商材が好き。将来性のある業界やクライアントである。
安い仕事は、あくまでも日銭なわけで、そこに感情は込めてはならないものなのかもしれない。

で、今の時代すべてが儲かる仕事ではないし、そんな事は分かっている。
最近お金ってのは水物だと思っている。ウェブやグラフィックの業界(特にウェブ)はシステム系の事も交えながら、表現の部分も必要になり、お水系の仕事と似ていたり(結局、価格は言い値の部分)、きっちりとしているケースもある。

安い小さな仕事が悪い訳ではない。気軽にチャレンジできるし、ちょっと気楽な部分もあったりする。新しい発見は意外とそんな仕事からの場合が多い。

最近は、一般的には制作会社という区分けのポジションの会社に在中しているが、代理店のような動きをしている。自分がいる場所はどうであれ、結局していることは変わっていない。その中で昨日僕はクレーマーになってしまった。だから、すごい疲れた。

仕事を請ける側も、発注する側も、こんな世の中なのだから、お互い厳しい状況は分かるんだけれども、その辺気持ちだけでもよくして仕事をしたいんです。理由がなく高い値段を突き出したり、理由がなく強引に値切ったり、そんな事したくないんですよ。人間的におかしくなるので。もうおかしくなっている部分は結構あるのだろうけども。いったんそれはおいておいて。ねえ。営業さん!自分でもやでしょ!自分の立場にたったら分かるでしょ!腹立つの!ぶっちゃけていいなさいよ!

いちいち指摘しないよ。あなたの間違いを。それで僕を嫌いになっているのならそれで結構。仕事だけはしゃんとしてね。そんな甘くネーンだよ。君がそういう態度なら僕もそういう態度になっちゃうよ〜。

あらあら、結局愚痴になっちゃった。。。。。。

言葉の意味とテンションの裏付け

少し深いがシンプルなテーマを書き綴ってみようと思う。

最近、言葉が楽しい。
メールベースの冷たいコミュニケーションの中で、要点を押さえれず結局電話で会話しているシーンによくぶちあたる。この人は宇宙人か?といったようなニュアンスで。
僕自身も言葉遣いはきれいな方ではないし、日本語を勉強しなきゃと痛感しているが、それよりも不器用な人がいっぱいいる。
仕事でいうと業界の経験不足で言葉をうまく使えなかったりするのだろうが、おそらくそれだけではない、「人と会話する」という事が多いに足りていない証拠なのだと思う。伝える能力/聞き取れる能力ってのがあって、片方ができる人は、両方できたりする。そしてうまくやっている人はすべてができるように見える。

そして、僕は言葉で遊んでいる。
そして、僕は言葉で遊ばれている。

言葉の意味。
例えば会社名を考えてみる。制作会社は、クリエイティブな名前が多い。名前をつけたり例えたりするときはその人の性格や指針が顕著に現れるが、会社名はいい例である。
個人的に、以前会社名を考えたときには、「sync (think)」という名前がいいなと思っていた。
クリエイティブの業界の中でベタな「共有する」と「考える」という言葉を引っ掛けた会社名である。
でも、そういう事を考えている人が多く。僕が知っている中でもシンクという会社は大阪で2社ある。
みんなと一緒だからやめた。

と、言葉の意味を考える。

基本的にはテキトーでよいのだと思う。分かりやすい方がよいのだと思う。考え方を知った上でのスタンスが理解できればそれでよいのだと思う。ちなみに社名は3文字が分かりやすいという議論を前の会社の上司と話した覚えがある。

今現在、職種はデレクターだが、最近デザインではなく、コピーライティングや構成に非常に興味があり、ちょっと勉強したいなと思う今日この頃である。

言葉ってのは、テンションをあげたりする上で本当に大きな支えとなり、人間らしいコミュニケーションである。
だから、本来の意味をしっかりと理解し、自分のテンションの支えとし、誰かを理解しようと思ったときにその人のテンションや人間性を考察するきっかけとしたい。

なんだかうまくいっているよ

すばらしい方々に支えられて、最近なんだかうまくいっています。悲しい事も楽しいこともあるけれど、一言でいうとなんだかうまくいっている。まだまだあり得ない世界が世の中にはたくさんあるんでしょうが、なんだかうまくいっているような気がします。

ただの勘違いかもしれないし、どっぷり甘えていてはだめなんだと思ったりもしますが、自分の首を絞めすぎず、うまくやれている気がします。きっとまだ独身だからそんな事を感じれるんだろうな。

賑やかしだったり、プライドだったり、お金だったり、人間関係だったり、この世の中には、モノゴトをややこしくする事がたくさんあるけれども、結局それは突き詰めるとすごいシンプルな話で、「好きか嫌いか」「やりたいかやりたくないか」「やらなければならないかやらなくてもよいか」どっちかなんですよね。

で、いつからかそんなモノゴトすべてに対して、少し客観的に見えるようになってきて、やりとりを楽しんでいる自分が出てきました。時に感情的になってしまうのがまだまだ26歳だなと思いながら、基本的には冷静に「まあまあ」と場を落ち着かせているような仕事のやりかたになってきました。

そういう意味じゃあパッションが足りなくなってきたのかと不安になったりします。
やっぱり詩を書こう。
自分の気持ちを詩に残そう。
この気持ちを忘れないように詩に残そう。

と思います。

山本ミニアルバムの作詞 誰かバンドしませんか?

よかったです。広島。
全く知らない土地に行くと、
「自分が今どのような立場で、」
「何を問題としているのか」が客観的に分かる。

「人間ってどこいっても変わらないな」ということを広島の歓楽街で知り、人間の優しさを知り、「平和ぼけした日本社会」を原爆ドームの前で知り、自分はどうなのかと改めて考えるきっかけになった。
久々に丸1日ほとんど人と喋らなかった。(つぶやいてはいましたが)

先日、少し重たい批判的で皮肉ったエントリーを書いてしまいましたが、悪気があった訳ではなく、かまってほしかったのではなく、ただただ、文章にして自分の気持ちを整理したかっただけ。26歳っていろいろと考える年なんですね。同級生の方々からたくさんメッセージをいただきました。(みなさんまた飲みましょう♪)

前置きが長くなりましたが、本題。
僕は昔、音楽をしていました。不器用ながらラブソングみたいな曲も作っていました。ハイスタが流行っていた事もあり、日本語で歌詞を書くのが難しくて恥ずかしくて、片言のだっさい英語で歌を歌っていました。
そして本日岡山から広島の鈍行列車の中。
広島で一人で考えたことがモリモリと頭の中を刺激してきたので、作詞活動を行いました。
まずは、タイトルからだろうと100個くらい思いつく曲名を考えてみました。

公開できるものを書いてみようと思います。
サブタイトルが多いのは、気にしないでください。

8/14(土)広島~岡山 鈍行列車の車中にて
~Puffyを聴きながら~♪

以下、トラックリスト
♪細かい男のサガ、大きな男の悩み
♪あなたが好きです。みんなが好きです
♪おしゃれなオバハン、パチンコを打つ
♪平和ボケ大国JAPAN
♪優しさ ~what’s love?~
♪神様
♪しょーもない話@Yotsubashi Line
♪ローカル感とメジャー感のウラハラ
♪裸の王子様 ~ショッキングピンクの馬に乗って~
♪豆とコンピューター ~コンピューターは人間を豆(ダメ)にする~
♪過去はえんぴつで塗りつぶせ!
♪荒削りカウボーイ~夕日を背に向けて~
♪はみ出すパッション
♪モテたい、モテたい、モテたい。
♪笑い話で片付けよう
♪お金欲しい
♪商人と職人
♪戦士、武闘家、魔法使い、と遊び人
♪AB型のそっけなさ
♪走り続けたら休みましょう
♪フルスロットルダンテム
♪フルスロットルダンテム ~シンクロ率2%~
♪フルスロットルダンテム ~10連続サンデー~
♪フルスロットルダンテム ~10連続マンデー~
♪ここちよいノイズ
♪ジャイアンとのび太=GIANT NOBITA
♪うっとうしいくらいのプラス思考

少しでも言葉が引っかかった方は、おそらく僕のファンか、強制的にバンドのメンバーです。
結構意外と本気かも。お気軽に参加を!

そんなことは知らんわ♪

日本語っていうのは、言い回しと顔色で受け取り方が違う不思議な言語だと思う。
例えば、聞いたことない「えっ」っていう政治的な矛盾が多いことに巻き込まれた時に、返す言葉。

1)「そんなこと知らないっすよ。(ありえへん)」
2)「そうだったんですか~」
3)「そうですか・・・・・正直、初めて聞きました」
4)「はい。はい。」
いろいろ返す言葉はあるだろうけど、人にとって受け取り方は違うだろうな。
あんまり1と4は、よくないだろうけど、時折頭の中ではしゃべってるな。

いやらしい話。前の会社から感じていることだけど、
「僕知らないけど、教えてくれませんか?」的な事をいって、
可愛がってもらう、こと。
人を信用しておまかせすること。
大事ですね。

仕事柄、何かを線引きしないといけない状況が多い中で、
これってすごい大事ですね。

ジェネラル・シャドウ

ジェネラル・シャドウ
ジェネラル・シャドウ

トランプ攻撃を得意とする剣士。トレードマークである”スペードのキング”のカードを使って瞬間移動する。独自のポリシーをもち、ときに組織の命令に背く行動をとる。ストロンガーとの一騎打ち対決で、超電イナズマキックをキックを受けて、倒された。

ライダー缶より引用~

こんな男になりてー。(瞬間移動をするあたりがE)