アホとバカ

アホとバカは荒い言葉だが、意味が違う。
アホは、理解力がないために、話を聞かないために、適切な動きが出来ないこと。先天性。無意識にそうなってしまう。
バカは、頭の悪いように振舞うこと。意識的にする行為。

そう定義するとアホにはなりたくないけど、バカでありたいなと思う。
古い言葉を使うとバカパグってやつが僕のやり方かも。この仕事をする以上、エンターテナーでなければ、モチベーションが上がらない。
インパク知やシブ知、バカシブは、僕には到底無理だと諦めている節があるようだ。

この段階で自分の将来を考えてみる

まあ、結論からいうと日々しあわせだったらいいわけで、今の生活は30年後振り返ると素晴らしい日々なのかもしれない。

それでも、日々悩みはつきもので、そんな悩みに奮闘している毎日である。

人は忙しすぎるとキャパオーバーになってしまって、冷静に考えることが出来なくなることがある。

モノゴトをシンプルに考えることが大事だったりするけど、そんな簡単にはいかないこともある。

今の自分はどうだろうと考えたとき、過去の苦い記憶と比べることは出来ても、未来の自分と比べることは、できない。

じゃあ結局どーすんの?って話。
そもそも、やりたいことってなに?
なりたい自分って何?
って久々に考えたりしている。

なりたい事からではなく、なりたくない事から決めるのがいやだけど、僕の中では失敗したことなど、ネガティブな経験から発想をしてしまう。

まず、今、惰性でここにいること。
それが悪いわけではないが、甘えている自分がいたりする。

根本的なポジションにいないこと。
責任から逃げているのは事実だし、怖がりだから突っ込んでいないのも事実だと思う。
おそらく気持次第で、できることはもっとあるのだろうけど、何かを守って、乗り気でない。

働き蟻の法則の話ではないけれど、代わりは山ほどいる。そんな事実も知っている。仕事は、誰かに甘えれる事がすべてだと思う。

僕は器用貧乏とよく言われて損をしている事が多いけど、できる人間だとは一ミクロンも思っていない。

だから、ハッタリでモノゴトを進めているように見えるのだろう。

軽いヤツと思われたいからそうしていたりするんだけどね。

と、結論がみえないまま、今日も夜がくる。

とりあえず、ケニアから帰ってきてから考えよっと。

結婚しました

と、結婚指輪が慣れません。親族だけの式でしたが、それはそれで暖かい雰囲気のなか、充実した式でした。

ただ一つの心残りは、最後のぼくの締めの挨拶。ウェーンウェーンと泣きながら、締め切らなかったこと。

多分一生言われるんだろうな。
でも、自分らしくていいや。と最近割り切りが早くなりました。

新しいステージへ

ご存知の方も多いですが、結婚します。明日結婚式です。
厳密にいえば、戸籍上は昨日結婚しました。

このタイミングでなにかと考える事も多く、
自分は新しいステージへと進んで行くような気がします。

1stステージ:誕生〜小学4年生
2ndステージ:小学4年生〜高校卒業まで
3rdステージ:専門学校で大阪へ そして就職
4thステージ:転職2社目(会社3社目)
5thステージ:いろいろあって現在の会社へ
6thステージ:結婚して新しいステージへ

恋愛/仕事/家族/友達・・・・
人生にはいろいろ山があって、
その時々にいろんな想いをかみしめながら生きてきたんだな〜。
と、つれづれ感じたりします。

そんな中、昨日、普段あまり付き合いのない親戚からすごく素敵なお手紙をいただきました。
「人生で出会う人や出来事、全てに意味があり、
 それらのタイミングは全て完璧で
 ものごとは、全てうまくいくようにできている。
 だから、思い切って人生を楽しめばよい。」と。

そうなんですよ。
考え方次第なんですよ。
お金がなくても、仕事がうまくいかなくても、
まだ、大切な人に出会ってなくても
それが運命なんですよ。

僕の持論ですが、運命っていうのは、だいたいは決まっていて
そこをどう楽しめるかで、その人の人生が幸せになるかどうかが決まるんです。

Cool & Passion
から
Happy & Passion へ
これが僕のテーマ。

今の環境なんて、自分次第でかえられる。
それだけなんですよ。

嫌なら辞めればいい。
無理だと思ったら辞めた方がいい。
楽しむものが勝ち。

僕は新しいステージへ進みます。

もういっちょUWATEに

最近、人間関係って楽しいけど面倒くさいなって思うことが結構あるんです。愚痴ってわけじゃなくて、整理する意味でちょっと考えてみたいと思う。

まず、目上の人とか意思を曲げない頑固者。
意見は聞く。そして冷静な視点でまとめる。決してやり方を否定するわけではなく、考えかたを吸収する。そして、こんな人なんだと完全に割り切る。

そして、仲間や家族。甘えはつきもの。たまに面倒だったりする。でも最終的には『もーしゃーないなー』という感想を持てればBest。そんな事を感じられる余裕を持つ。

で、最後に。
やはり無理はしない。
働いている理由がお金だけなら、節約するなり稼ぎかたをかえるなりしたらいい。

相手が仲間や家族なら相談すればいい。精いっぱい甘えたらいい。最後まで真剣に向き合ってくれるのは家族や仲間だから。

はて、どうする

段取り悪いのか仕事が多いのか、そんな事を考えるのも嫌になるくらいいろんな事が一気に進んでいる。

瞬時の判断力がものをいうこの流れの中で僕はどうすべきかとよく考える。

とある人は言った。
何かを捨てなければ、次へ進めない。と。

人に任せないと自分は楽にならない。

責任をもつ仕事をしないと、成長しない。

はて、どうする?
もちろん仕事だけじゃなくプライベートもね。

YOYU

余裕があるってことなんだよな。こういう事を書けるってことは。今の生活が素晴らしいと思わなくっちゃ。

本当に苦しい時は、こんな事は言えない。自由に発言出来ないってことだね。結局それって自分で制御しているだけで、他人から見れば、抑制してるわけではない。

だから、べつに何をいってもいいわけですよ。僕なんか世の中にとって何も影響ないんだから。

そんな気楽な思いを何年か前の自分に伝えたいな。

ストレスの原因

ストレスの原因を考えてみた。
最近、自分に対するストレスはない。楽天的になったのか、少し心に余裕があるのだろうか。

大抵のストレスは、人にある。
どんなときにストレスがたまるのだろうか。

無駄な時間を使ってしまった時。
人が理解してくれない時。
真摯に取り組んでるのに、適当にあしらわれた時。

大きくはこれなんだろうな。
だから、そういう気持ちにさせないように心がけねば、と思ってる。

たわごと

やったもん勝ちってところあるよね。先駆者の人はやっぱりすごいやと感じます。

正直、面倒だと思ってしまう仕事が多い。ビジネスだから、お金もらってたら成立するとか自分に理由をつけて動いている事がよくある。だからシビアになる。

本当の自分はどこにいるんだろう。と思っちゃう事もあるよね。

ああ、のみたい。

送別会

今日は送別会でした。お疲れ様でした。送別会ってやっぱりいいですね。人がいなくなる寂しさらあるけど、絆が垣間見れてなんだか、ホッとするというか、仕事は仕事なんだけれど、人間的な何かをすごい感じられる会でした。

で、やっぱりきちんと送り出される人は会社を辞めようがつながりがある。

これって人間性以外の何ものでもないんですよね。僕の今お付き合いしている人達にも感謝です。

だから、泣きません。だって通過点だから。

ただ、人とのつながりって本当に大事だと思うし、面と向いて付き合わなければこんな気持ちにならないと思う。

本当にお疲れ様でした。また明日から頑張っていきましょう。

自由じゃん!

今いる環境は、やっぱり素晴らしい。
仕事もプライベートも自由じゃん!と思う。
いや自由にやらせてくれている。

だからこそ感謝もしないといけないし、周りも気をつかわないといけない。

うん。それだけ。

日本語

僕は正しい日本語が使えているとは思っていない。
だからこそ、メールを打つ時などは、注意することにしている。

それでもひどいな。と感じる事が多い。結局伝わればいいのだけど、やっぱり気になっちゃう。対外的にそう感じるということは、それだけで印象を悪くしているということなんだろう。

ITの業界は横文字が多くて余計にややこしいけど、僕は自分で理解している言葉を伝わるように使うことを引き続きこころがけていこうと思う。

「めんどくせー」なから「たまんね〜」

僕の中で最近流行っている言葉。
「たまんね〜。」

仕事でめんどくさい。
何かをするのがめんどくさい。
あの人がめんどくさい。
など安易に「面倒くさい」という言葉を使ってしまう場合がある。

使い方は下記。

「面倒くさい」という言葉を「たまんね〜」に置き換えてみる。
このたまんね〜は、面倒くさいのニュアンスはいれてはならず、
「たまねっ↑」と尻上がりのイントネーションでしゃべる
「たまんねっ↑…♪」とるんるん気分のニュアンスを入れるとさらによい。

具体的には
「仕事めんどくせーなー(忙しいなー)」
から
「仕事、たまんねっ↑」

「あの人、ほんまにめんどくさい」
から
「あの人、ほんまにたまんねっ↑」

といったようなニュアンスである。

こういった類いの精神論について、僕はいちいち論理的に説きたい訳ではない。
なんだかこんな言い方をすると悩んでいたりイラついているのが、もの凄くバカバカしくなってきて忘れられる。完全にMの発想だが、僕には意外と効果がある。自分自身バカになるのが一番だと思っている。僕はまだ27で経験不足だが、きっと世の中で本当に悩まないといけない問題は、戦争や人権などの話だけである。

皆様も「たまんねっ↑」を試してみてください。

職種に関するあれこれの議論 続編(デザイナーって何?)

で、結局なんでこんな事を言い出すのかを考えてみた。
結局いやなのは、この3つだと明らかになった。

1)線を引いて責任逃れすんのが嫌い
職種や職業で自分がする範囲を決めて、最終的にそれ自分の仕事じゃな〜い!みたいな雰囲気で責任を放棄したりされるのが嫌。そんなやつには、バ〜カそんなんじゃ結局何もできない人になっちゃうよ。って僕は思っちゃう。
いいかえると、(言い方だけかもしれないけど)、得意不得意や時間や体調や立場でできないことあるけど、それらを理解して会話をしたいだけ。きっとそれが成立すれば、オトナらしいコミュニケーションが成立する。
だってそんな責任逃れが認められるのなら、きりがないから。厳しくいきたい。
でも、お金が動く関係であればあるほど、しっかりと線を引かないといけない事もある。

2)自分が縛られるのがいや
いや僕別にこの業界じゃなくてもいいんですよ、きっと。っていうスタンスで仕事している。本気ではないのかもしれないけど、おもしろいと思うからやっていて、他にもっとおもしろそうな業界であれば、今の年齢ならすぐに転職しているかもしれない。その上で、結構何でもできる人になっておきたいという不安から、縛って考えるのが本当にいや。

3)特にこの業界は、細分化しすぎてごまかされている感覚がいや
えらくかっこいい職種だけど、結局何やってくれんスカ?ってのが見えないといや。個人的には、そういう職種にはつっこみたくなる。

ほんでデザイナーって?
ほんで自分が昔なりたかったデザイナーという職種についてあらためて考えてみようと思う。
定義が広すぎてよく分かんなくなるが、グラフィックやウェブに置き換えて考えると、
構成やストーリーを考えられる人がデザイナーであり、すげー緻密な作業ができる人だけがデザイナーという訳ではない。そういう意味では、コピー周りもできないといけないし、ニーズをヒアリングする能力も必要だし、日々の洞察力や自ら進んで背景を聞いたり調べたりすることはすごい大事である。感覚的なデザインもあるが、そういう奥ゆかしさみたいなもんに僕は魅力を感じたりする。

ほんでデザイナーって?
簡単にいうと理想は、
頭がすっごい柔らかくて、手先が器用で、答えを何通りも出せる人。
あたまでっかちな頭のよさではなくて、スマートというニュアンスの賢さ。
コミュニケーションも経験も全てにおいて。
なんだろうね。

という意味では理想のデザイナーにはなれなくて一旦挫折したが、
広い視野を持とうと思ってやってんだろうな今の仕事。
ということでいろいろ考えて文章になおしていると何だかよくわかんなくなってきたので、

この話は終わり。
まあ、どうせ仕事するんなら、お互い理解して仕事していきまひょ。って事だなきっと。

職種に関するあれこれの議論

なんだか最近こういう話が多いので、
すっごい簡単に考えてみようと思う。

できるだけ幅広く職業や職種に関してとらえたとき、
僕は、こう考える

「士」「農」「工」「商」
偏見があるかもしれないが、こうとらえてみるのはどうだろう?
「士」=武士:正義や正論などと戦う人(それが正しいかどうかはおいといて、何かと戦う)
「農」=農民:地道にでも確実に仕事を行う人(日々:ルーチンだけど)
「工」=職人:何かの技をひたすら追求する人(人に何を言われようとも結局そこに走っちゃう)
「商」=商人:お金の稼ぐ人(コミュニケーションが得意)

これらの職業1つにつかないといけない場合、あなたはどれにつくだろうか?
僕ならきっと商人だ。この中では一番楽しそうだ。
武士はいたそうだし、
農民は体力的にしんどそうだし、
職人は僕にはあきっぽいので向いていないので。

個人的には、
偉い順番は、士農工商でもなく
商工農士 なのかもしれないと思っている。
特に資本主義社会ではね。

みなさんはどうだろうか?