ぱねーの行く末

僕は最近この言葉をよく使う。
「ぱねー」
「半端ない」という言葉の略である。

この言葉、軽くしているように見せかけて、実は重たいのである。

「ぱねー」事は、
この日本の社会の中で、実に難しいことなのである。

解説はこちら。
http://www.emitefil.com/column/dictionary/hanpanai.html

同義語として、「スゴイ」とか「超」とかそういう言葉がある。

僕の中ではこう定義する

白か黒。

中途半端なものではない。

ひたむきで一生懸命な精神でもあり、人間らしい側面もある。

そして、ぱねーの行く末は、ぱねーである。
中途半端なものは、企業もモノも人もなくなっていく。
職人は職人として、商人は商人として、両方バランスのとれた人間が間に立ち、
中途半端なものは、やはりなくなっていく。
ぱねーの行く末は、ぱねーである。

残念な人の仕事の習慣

残念な人の仕事の習慣

この本は久々にヒット。
まずは、残念の定義。
「才能があるのに何か前提条件を間違っているので、残念な結果になること」

それを考えると僕は非常に残念な人である。
まあこれからだ。ということで未来に希望を持つことにするが、
残念ながら、生きていく中で「残念だなぁ」と思うことは非常に多い。

ただし、それも楽しむ事にする。

夢とか未来とか理想とかそういうもんに憧れる

いや〜。ちょっと前は違った訳ですよ。本当に。
最近、体力不足は痛感しながらも、夢とか未来とか理想とか希望とかそういうもんがあるから頑張れるんです。

もちろんリスクとか妥協とかそういうもんと戦いながら日々生きとる訳ですが、現実的に考えすぎても前に進まん。ってことが最近分かってきたから、なんと言うか、圧倒的なプラス思考でいろんな人を巻き込んでやると意気揚々と日々精進しとる訳です。

ただ、そんなことばっかり夢見ていても誰も信用してくれないので、時に超リアリストにもなってみせる。
今の仕事を起点に考えるとするならば、表現の勉強のみならず、「経営」だったり、「コンサル」だったり、「心理学」だったり、「人間関係」だったりと、薄っぺらい考えだと表現とは結びつかない次元の事を考えることが多い。

そして主観でモノゴトを判断しない事を心がけている。もちろん意見はいうが、それを押し付けないように心がけている。モノゴトはまず伝える事から始まる。

問題が起こる/理想が高まる
なぜ、そのような問題が起こっているかを考える

それをどのように解決するかアイデアが生まれる

そのアイデアをどのように伝えるかを具体的に表現する/実施する

これの繰り返し。どの仕事においてもそういうことなんだと思う。最近つぶやきが多い。それは周囲との考えや温度のギャップが非常に多く感じる事からである。
十人十色。
そんな言葉にあるようにみんな違うし、それがあっていいと思うが、やっぱりいろんな色が混じり合ってひとつの色になるのが望ましい。

そんなかで夢とか未来とか理想とかそういうもんを考える。
世の中は厳しい。はっきり言って、結論が見えている中でただただ時間だけが流れていくのが嫌なだけ。

どうせ生きるなら楽しい風に考えていきたい。

skill from 1000% and 120% and 80% Power

努力という言葉はなんだろう。
経験という言葉はなんだろう。
人はどうやって成長するのだろう。
僕と今くすぶっている人たちに問いかけたい。

スキルってのは、自分の限界値を超えたときに成長するのだと思っている。
この1,000と120と80には大きな意味があって、僕はそれをうまく振り分けながら生きている。

まずは、80%Powerの定義。
例えば仕事。
僕の中で仕事は100点である必要はハナからないと思っている。80%の力をだせば、きっとうまくいくし自分を咎める必要がない。80%の力で80点をキープし続けるのは至難の業である。それができる人は尊敬するし堅実な生き方なのだと思う。

次に120% Powerの定義。
言い換えれば「チャレンジ」
今までやった事がないけど冒険をする瞬間。ちょっと厳しいけど頑張ってみようと思う瞬間。
結果が80点だったとしても、その機会が多いと新しい自分に出会えるチャンスが多いということになる。
120%ばかり出していては到底疲れるけど、そのスタンスは持ち続けたい。

最後に1000% Powerの定義。
これは人生の転機とも言えること。
並大抵のやりかたでは到底たどり着かない、スーパーサイヤ人になる孫悟空のような瞬間である。
最近知ったが、松下幸之助は、下請け時代、100円で卸していた商品を、不況の時、10円で卸せとお客さんから迫られたらしい。
普通であれば「無理〜。無茶〜。」という話だが、
「逆に今の経験や考えだけでできる訳がない」と、
並大抵の手法ではないやり方で成功し、そこから今のパナソニックが存在するらしい。
長くなったが1000%の定義はそんなところ。イノベーターはそうやって生まれるものなのかもしれない。

そしてまとめ。
経験不足の私「パッション山本」が断言します。

「世の中に可能性はまだまだいっぱいある。僕はできると思います。」

経験者から言わせてみれば、
「なにいっとんねん。この若造が。何もしらんくせに」と言われそうだが、
今は本当にそう思えるしそう思いたい。

ただ1000%のPowerを出すには非常に力がいる。
仙豆があれば別の話だが、その力を常に出せる自信はないので、
僕は120%をキープしているつもりである。

ひたむきとしたむき

ひた向きな姿は誰が見ても素晴らしい。

現実問題、ひた向きだからうまくいくとは限らないが、ある程度のスキルまでは、ビギナーが一からはじめても追いついてくるものである。ひた向きであれば。

昨日、同窓会で友達と飲んだ。とある友達が
「経験が長いからディレクターやって。ちょっとだけお金払うから」という状況になっているらしい。
妻子持ちの年上スキル不足オペレーター(はいはい人間)と自己主張の強いアーティスト同性代(おれおれ人間)に対し、愛を込めて教えないといけない立場。僕は人ごとのように、無理だと思うなら辞めなよ。と冷たく優しくアドバイスした。

彼女は頑張り屋さんで情があり、ただ女性らしく現実的な部分もあり、僕と似ている。
「気持ち分かるよ〜」と杯を交わした。(僕はやくざではないけれど)

その中で彼女は、冗談まじりで僕にいった。
「経験のある人よりもひたむきで何も経験していない若いドシロウトの方がやりやすい。」と。
そこまでの状況は大きくいうと、資本主義が生み出したねじれ。のような気もするし、人生の中では一瞬のたわごとなのかもしれない。

もっと世の中は面白いはずだし、それを僕は信じたい。
したむきにその世界だけで生きたくはない。違う業界と絡む事ができる僕の今の仕事はだからこそ好きだし、やりがいがあると思っている訳です。

ひたむきな人間になろう。したむきでは前に進まない。
やっぱりうっとうしいくらいプラス思考が当面の僕のテーマである。

そして僕は冷たくなった

よく飲んでいる人に昨日そういわれた。やっぱり僕は基本的にはさめているんだろうな。だからこそ、明るくしようと思っているし楽しくしようと思っている。
何が正解か何が楽しいかよく分からない世の中だし、一度きりの人生だからこそ、冷静に決断することはして、楽しいことは楽しいということで、後悔のない人生を送りたいものですなぁ。

信頼していないワケではないんだよ。世の中の動きがそうなっているだけ

僕の仕事はウェブデレクター。お客さんと制作サイドとサンドウィッチになって時にはぎゅーっとプレッシャーを与えられる立場。お客さんからは「まだ~」といわれ制作サイドからは、「聞いていない~」「スケジュール短い~」とわがままを吸収する立場。
まじめすぎる人ではこの仕事はできないだろうな。理解してもらおうとも思わない。ココロの中でずっと思っているだけ、お客さんに対しては「お金と労力を引き替えに仕事をしているんだよ。」お金が絶対的なら、他の業者に回せばいいじゃん。制作サイドには、「じゃあ、直接やってみたらどうですか?」「自由に発言できるよ。」と黒山本がにょきっと顔を出すわけです。
でも、そんな事を考えていても、ストレスしか生まれてこないので、いちいちそんな事は発言しません。
で、そんな間に立つ立場としての理想論。
「手放しでも誰もストレス貯まらず仕事ができること」
「パソコンで入力はせず、閲覧のみで仕事が進んでいくこと。」
仕事の上での通訳者として、うまくやっていきたいって思うわけです。
みんな楽できて、お金もお互い稼げればそれでいいじゃん!
そんな日々の業務がありながら、お客さんも制作サイドも信頼していないワケじゃないんだよ。ただ、信頼していなければ、オペレーション的に上下関係ができてしまうし、「丸投げ」という言葉は、信頼しているからできること。それをストレスに感じなくて欲しいんだわ。いろんな人がその人の立場を尊重して仕事がしたい。
~人間だもの~

安い仕事とうまい仕事

ふとそう感じるときがある。
儲かる仕事。安い仕事。得れる給料。遊びたいお金。足りないお金。福沢諭吉さん。
頑張って頑張って働いて得れるお金。
今働いているこの業界は好きだけど、僕自身ウェブディレクターではなく、この仕事は事務職だと思っている。決して事務職のヒトを馬鹿にしている訳ではありません。
お客さんの声を聞いて、エクセルで内容をまとめて、これでいいですかと問いかけながら、業務を進行する。
決してそれが悪い訳ではない。
淡々と進める事も可能だし、多分今の状況でもうまくやれば、定時でさっぱり帰れるのだと思っている。

話は少し変わり、安い儲からない仕事は、それを突き動かす相当の理由がなければ、絶対うまくいかない。
それは、個人的な理由でもかまわないと思っている。
担当者がかわいい。その商材が好き。将来性のある業界やクライアントである。
安い仕事は、あくまでも日銭なわけで、そこに感情は込めてはならないものなのかもしれない。

で、今の時代すべてが儲かる仕事ではないし、そんな事は分かっている。
最近お金ってのは水物だと思っている。ウェブやグラフィックの業界(特にウェブ)はシステム系の事も交えながら、表現の部分も必要になり、お水系の仕事と似ていたり(結局、価格は言い値の部分)、きっちりとしているケースもある。

安い小さな仕事が悪い訳ではない。気軽にチャレンジできるし、ちょっと気楽な部分もあったりする。新しい発見は意外とそんな仕事からの場合が多い。

最近は、一般的には制作会社という区分けのポジションの会社に在中しているが、代理店のような動きをしている。自分がいる場所はどうであれ、結局していることは変わっていない。その中で昨日僕はクレーマーになってしまった。だから、すごい疲れた。

仕事を請ける側も、発注する側も、こんな世の中なのだから、お互い厳しい状況は分かるんだけれども、その辺気持ちだけでもよくして仕事をしたいんです。理由がなく高い値段を突き出したり、理由がなく強引に値切ったり、そんな事したくないんですよ。人間的におかしくなるので。もうおかしくなっている部分は結構あるのだろうけども。いったんそれはおいておいて。ねえ。営業さん!自分でもやでしょ!自分の立場にたったら分かるでしょ!腹立つの!ぶっちゃけていいなさいよ!

いちいち指摘しないよ。あなたの間違いを。それで僕を嫌いになっているのならそれで結構。仕事だけはしゃんとしてね。そんな甘くネーンだよ。君がそういう態度なら僕もそういう態度になっちゃうよ〜。

あらあら、結局愚痴になっちゃった。。。。。。

♪細かい男のサガ、大きな男の悩み

時折、時間が空いたら詩を書いてみようと思います。
常に荒削りなプロトタイプですが、お楽しみいただければ幸いです。

以前にこのブログに書いたトラックリストから本日は、

♪細かい男のサガ、大きな男の悩み をお届けしようと思います。

♪細かい男のサガ、大きな男の悩み
written by show-hey yamamoto

細かい 細かい そんなシビアな世界に囲まれて、
体裁整え 完璧を装い 「自分はちゃんとしているよ」と主張する

大胆 バッグリ そんなアバウトな世界に支えられ
体裁気にせず 完璧なんてない 「細かい事は気にしない」とダッシュする

何が必要か?自分は何なのか自問自答。
立場違えば、これヒト変わる

細かい男は、自分を正当化する
大きな男は、自分を疑う

細かい男は、自分を疑う
大きな男は、自分を正当化する

大きくなれない細かい男
細かくなれない大きな男

細かい男は、自分を正当化する
大きな男は、自分を疑う

細かい男は、自分を疑う
大きな男は、自分を正当化する

細かい男と大きな男は
時に2ペア
時に残酷、時に壮快。

細かい男は、自分にいる
大きな男も、自分にいる

大きな精密機器にはないたくないです。
小さくてハイパワーも嫌いです。

普通の男の子になりたいんです。

細かい男は、自分を正当化する
大きな男は、自分を疑う

細かい男は、自分を疑う
大きな男は、自分を正当化する

言葉の意味とテンションの裏付け

少し深いがシンプルなテーマを書き綴ってみようと思う。

最近、言葉が楽しい。
メールベースの冷たいコミュニケーションの中で、要点を押さえれず結局電話で会話しているシーンによくぶちあたる。この人は宇宙人か?といったようなニュアンスで。
僕自身も言葉遣いはきれいな方ではないし、日本語を勉強しなきゃと痛感しているが、それよりも不器用な人がいっぱいいる。
仕事でいうと業界の経験不足で言葉をうまく使えなかったりするのだろうが、おそらくそれだけではない、「人と会話する」という事が多いに足りていない証拠なのだと思う。伝える能力/聞き取れる能力ってのがあって、片方ができる人は、両方できたりする。そしてうまくやっている人はすべてができるように見える。

そして、僕は言葉で遊んでいる。
そして、僕は言葉で遊ばれている。

言葉の意味。
例えば会社名を考えてみる。制作会社は、クリエイティブな名前が多い。名前をつけたり例えたりするときはその人の性格や指針が顕著に現れるが、会社名はいい例である。
個人的に、以前会社名を考えたときには、「sync (think)」という名前がいいなと思っていた。
クリエイティブの業界の中でベタな「共有する」と「考える」という言葉を引っ掛けた会社名である。
でも、そういう事を考えている人が多く。僕が知っている中でもシンクという会社は大阪で2社ある。
みんなと一緒だからやめた。

と、言葉の意味を考える。

基本的にはテキトーでよいのだと思う。分かりやすい方がよいのだと思う。考え方を知った上でのスタンスが理解できればそれでよいのだと思う。ちなみに社名は3文字が分かりやすいという議論を前の会社の上司と話した覚えがある。

今現在、職種はデレクターだが、最近デザインではなく、コピーライティングや構成に非常に興味があり、ちょっと勉強したいなと思う今日この頃である。

言葉ってのは、テンションをあげたりする上で本当に大きな支えとなり、人間らしいコミュニケーションである。
だから、本来の意味をしっかりと理解し、自分のテンションの支えとし、誰かを理解しようと思ったときにその人のテンションや人間性を考察するきっかけとしたい。

なんだかうまくいっているよ

すばらしい方々に支えられて、最近なんだかうまくいっています。悲しい事も楽しいこともあるけれど、一言でいうとなんだかうまくいっている。まだまだあり得ない世界が世の中にはたくさんあるんでしょうが、なんだかうまくいっているような気がします。

ただの勘違いかもしれないし、どっぷり甘えていてはだめなんだと思ったりもしますが、自分の首を絞めすぎず、うまくやれている気がします。きっとまだ独身だからそんな事を感じれるんだろうな。

賑やかしだったり、プライドだったり、お金だったり、人間関係だったり、この世の中には、モノゴトをややこしくする事がたくさんあるけれども、結局それは突き詰めるとすごいシンプルな話で、「好きか嫌いか」「やりたいかやりたくないか」「やらなければならないかやらなくてもよいか」どっちかなんですよね。

で、いつからかそんなモノゴトすべてに対して、少し客観的に見えるようになってきて、やりとりを楽しんでいる自分が出てきました。時に感情的になってしまうのがまだまだ26歳だなと思いながら、基本的には冷静に「まあまあ」と場を落ち着かせているような仕事のやりかたになってきました。

そういう意味じゃあパッションが足りなくなってきたのかと不安になったりします。
やっぱり詩を書こう。
自分の気持ちを詩に残そう。
この気持ちを忘れないように詩に残そう。

と思います。