僕は神様を信じます「神様バランス論」

僕は無宗教ですが、神様を信じます。
神様は平等です。神様は逆らえない存在です。
嘘も苦手なので正直に生きます。

それだけ書いても、「何だか変な人だな」と思われるので、
その中でも「神様は平等だ」という理由について
説いてみようと思います。

僕は既に「神様バランス論」について
周りに説きましたが、しつこくブログでも展開します。

僕の周りには、素晴らしい才能に恵まれている人が
多くいる。人間やはり素晴らしい所は必ず1つはある。
ただ、素晴らしすぎる人はいない。
素晴らしい人は神様だけである。

そして、神様は平等である。
素晴らしい才能を与えたら、そのバランスをとるために
残念な事(嫌いな事)を神様のさじ加減で調整する。

神様が人間をつくるときの戯言:

「この人間は、イケメン(美人)にしてみよっと。
 でもバランス悪いから、頭悪くしてみよ」

「この人間は、頭よくしてみよっと。
 でもバランス悪いから、ファッションセンスはなしでいいや。」

「この人間は、やたら運と健康に素晴らしい人間にしてみよ。
 でもバランス悪いから、不器用な人間にしてみよ。」(←僕)

「この人間は、優しい人間にしてみよ。
 でも、肌が悪い人間でバランスとれるかな。」

そして、そのバランスに乗っ取り、
才能に恵まれ、残念な自分自身に悩み、運命という道をたどる。

だから、嫌いな人がいる人。
その人の残念な部分を軽蔑してみてください。
ただ、その人の素晴らしいところをひとつでも見つけてみてください。

そして自分自身。
嫌いな部分は、神様のバランスだと思って
あきらめてください。
ただ、もしかして自分自身が嫌いなだけで
それは素晴らしい才能かもしれないし、
違うところに素晴らしい才能が眠っているかもしれない。
ものは考えようです。

と考えると、
自分も人も嫌いになれない。

僕は無宗教ですが、神様を信じます。
神様は平等です。神様は逆らえない存在です。
嘘も苦手なので正直に生きます。

♪お金欲しい

ABBAの替え歌風のメロディに乗せて〜

マニマニマニー
金ほしい

Aha〜♪

マニマニマニー
金くれよ

Aha〜♪

マニマニマニー
金つくるぅ

Aha〜♪

マニマニマニー
金使う

Aha〜♪

マニマニマニー
金落とす

Aha〜♪

マニマニマニー
世の中 金〜♪

Aha〜♪

マニマニマニー
金ほしい

マニマニマニー

♪裸の王子様 ~ショッキングピンクの馬に乗って~

そこにやってくる
かならずやってくる
それは 裸の王子様
きらびやかに見える世界も
実はとっても小さな世界
そんな所に漂って
さてさて何が楽しいか

オナニーオナニーオナニー
裸の王子様は自分が大好きさ

それでもちいさな自分の国
裸の王子様は自分が大好きさ

そこにやってくる
かならずやってくる
それは おしゃれな王子様
自分から見える世界が
小さな世界と感じる瞬間
今までそんな所にいたのかと
さてさてそろそろ考えなきゃ

オナニーオナニーオナニー
裸の王子様は自分が大好きさ

それでもちいさな自分の国
裸の王子様は自分が大好きさ

裸の王子様は
服を着ていない
ピンクの馬に乗っている
ショッキングピンクのその馬に
自分が裸さえも忘れさせるくらい
鮮やかなショッキングピンクの馬に乗っている

オナニーオナニーオナニー
裸の王子様は自分が大好きさ

それでもいいのさ王子様
いつか最果ての世界がきたとしても

残念という言葉では片付けられない
それは王子様の人生だから

パッションとハッピー

先日、同業種の先輩と飲んだ。
まあ、この業界の諸々を話した訳なんですが、
僕のステートメントに追加されるキーワードを話してくれた。

それは、ハッピー。
今までは、冷静と情熱だったが、それに付加して
ハッピーという言葉である。

どんな事をするにも、パッションというひた向きな心持ちと
みんなをハッピーにさせる、そして自分がハッピーになることが
すごい重要な事であるということ。

いくら厳しい事でもパッションとハッピーがあれば
何でもできる。

いわゆる根性論ではない。
僕は根性論は嫌いである。痛いの嫌いだし、しんどいのつらいし。
ある程度の事は根性がないとだめだが、
根性とは-10の事を0に戻すためのものであり、
0を100にする方法論にはならない。

パッションとお金

資本主義のねじれって言うんですか?これが資本主義っていうのですか?

パッションがあってもできないものはできない。
パッションがあってもお金は生まれない。
ただし、パッションがないと将来のお金は生まれない。

そんな事を考えた1日でした。
人のせいにばかりしてもしょうがないのですが、
立場ってものは、やはり自分の判断基準になったりする。
誰もかれも好きというのは誤解があるが、
人を嫌いになる理由って生理的に受け付けない場合を除き、
「立場上嫌い」ということに過ぎない。
だから、挟まれて「どっちをとるの?」的に揺さぶられたときは、
何かしら理由をつける必要がある。

例えば、お金と世の中の関係。

給料という視点で考えると、到底追いつかないし、無理だと思っている。
スキルがないのかもしれないし、売り上げが足りないのかもしれない。
ただ、対外的に自分のプレゼンテーションができず、損をしているだけなのかもしれない。
欲しいモノはいっぱいあるし、貯めなきゃならない理由もあるんだけど、なかなかお金がたまらない。

そして、世の中のみんな給料が低いと嘆く。

ただ、いい格好するわけではないけれど、
僕はお金をもらって、さらに将来のお金(関係)を貯金しているのだと
考えるようにしている。(そろそろ実際のお金になるころかな?)

だから、パッションが大事なのである。
将来のためって理由をつけてがんばれるし、
何か、プラス思考でモノゴトを考えていると
まるでドラッグのように、自分自身を洗脳しているようにも感じる。

最近同じ事ばっかり書いている。
何となくつけた「つれづれなる日記」だけど、
そうして人生は続いていくんだろうな。

…………to be continued

職種の行く末

この業界。ほんとに入るまではどのような職種の人が何をしていてなど全く分からなかった。いつまでこの業界の仕事をしているかは分からないが、きっと当面は続けるのだと思っている。それはたまたまこの業界での経験があるということと、おそらくこの業界に自分の好きな事が多い(かった)ということにある。

そんな中、今まで職種云々以前に気をつけていたことがある。
デザイナーであろうがディレクターであろうが、そうゆう職種の前に社会人であるということ。言葉遣いはもちろんながら、社会的なルールや話題など、そんな普通の事が果たせなくて何ができると。。

そういう意味では、このウェブ業界っていうのは本当に甘い。いや、それに甘えている節もある。
業界が成熟していないので、よけいに天狗になってしまいがちな業界である。
技術力云々は除いて、大きな会社と取引があるから素晴らしい訳ではない。
それは、自分の力ではない。
同じ業界の会社から下請けでお金をもらうならまだともかく、
そうでもないお客さんにああだこうだ言い訳はしたくない。
そんな人にお願いしたくない。
だから、同じ業界の人と話す時も、直接的な話はしないし(してもおもしろくないし)、違う業界の人の話を聞く方が面白い。

ディレクターやプロデューサーは、そういう意味で直接お客さんに接しやすいポジションであり、クリエイティブ云々よりも社会人として、いろいろと感じる事ができる素晴らしいポジションだと思っている。
僕に才能はありません。だからこの職種を選んでいる節があります。

だから経験を積みます。経験を積めるようなところへ自ら進みます。しんどい事も楽しいことも。

そして、職種の行く末。
どのような職種の行く末も、
結局は、「立派な大人」なのです。
ただただそれだけ。