今まで何人かにバランス感覚に優れていると言われてきた。
でも、それはとっても小さな船だった。
乗客も穏やかだった。

荒れ狂う時代の流れや様々な人が混じると、そんなことにもならない。
人が動き回れば、バランスを崩して転覆するし、
もちろん人が多ければ沈む。
行き先を地上から見守ってる人は、
船がどこにいるか?中で何が起こっているかを知らない。
希望を胸に船に乗り込んでも、そこで何ができるかは、その人次第だ。

僕は、わからないふりをしている。
だから、向き合えていない。
だから、人を信用できていない。
最悪の船旅だな。

波風立てずすまそうとするには限界があるな。
敵もいなけりゃ、味方もいない世界は寂しいもんだわ。

なんでもマン

なんでもマンなんていませんよ。

ワシは誰なのかが最近よくわかったわけです。
人は24時間って決まってるし、話を持ってくるのが得意な人がいれば、整理するのが得意な人もいるし、素敵なクリエイティブの提案をする人もいる。

んで、この僕は自分をクリエイティブだとは正直思ってないし、そこは間違ってないと思う。逃げかもしれんけど。

超慣れない仕事ばかりしていると、いざ今までしてた仕事に戻った時になんて楽というか。それはいいのか悪いのか経験であり、ある意味では使いどころを間違ってるとも言える。

苦手と思うことをやったりするのは、とっても大変なことだけど、経験になることは確実だ。仕事なんて普通に考えたら面白くないよ。だから、どう捉えられるかが重要なんだろね。もしくは、面白くする術が重要な気がする。

でも、そうやって受け止められる時間がなくなったら、それで終わり。何もかもエンジンふかしても空回りになる。そうして、自信喪失し、自己嫌悪に陥る。責任感が強ければなおさら。心配性であれば、より悪いスパイラルに。

いろいろあるんだろけども、そうやってちゃんと選んで仕事しなきゃならんな。断るもんは断った方がよいのかも。

言葉が悪い人に傷つけられたり振り回されたりするけど、新しい何かを吸収してると考えたらいいだけなのかもしれないね。心に余裕があればいんだけど、それがないのはダメなことだね。

なんでもできる人なんていませんよ

なんでもマンなんていませんよ。

ワシは誰なのかが最近よくわかったわけです。
人は24時間って決まってるし、話を持ってくるのが得意な人がいれば、整理するのが得意な人もいるし、素敵なクリエイティブの提案をする人もいる。

んで、この僕は自分をクリエイティブだとは正直思ってないし、そこは間違ってないと思う。逃げかもしれんけど。

超慣れない仕事ばかりしていると、いざ今までしてた仕事に戻った時になんて楽というか。それはいいのか悪いのか経験であり、ある意味では使いどころを間違ってるとも言える。

苦手思うことをやったりするのは、とっても大変なことだけど、経験になることは確実だ。仕事なんて普通に考えたら面白くないよ。だから、どう捉えられるかが重要なんだろね。

でも、そうやって受け止められる時間がなくなったら、それで終わり。何もかもエンジンふかしても空回りになる。そうして、自信喪失し、自己嫌悪に陥る。責任感が強ければなおさら。

いろいろあるんだろけども、そうやってちゃんと選んで仕事しなきゃならんな。断るもんは断った方がよいのかも。

来るもの拒まず、去る者追わず。

どうにもこうにも、自分で道は作っていかないといけない。幸せな環境に居続けたのが悪いと思うのか、思い返すのか。人生は1つしかないのだから、自分で決めようと思います。

意見は聞くけど、結局自分の中での答えは決まってるような気がしていて、誰にどうこう言われても変わらない。ただ、何を信じれるかだけなような気がしてます。

人混みで迷うのか、真っ暗闇で感覚をもってして一歩ずつ前に進むのか。ただ、いずれにしても誰かと手を繋がないと前に進めないのと、好きなこと、やりたいこと、得意なことははっきりしなきゃならない。

今まで流れで、前に進むしか選んで来なかったけど、そろそろ決めどきなのかもしれないね。

言ってることとやってることが違う

とある人にそう言われたことがあるが、当の本人も同じことしてる。
そんなレベルなんだなと思ってしまった。
でもまあいいや。と、海外にいると少し広い視点で見れるなあ。
時間も場所も。
ちまちませかせかやってる日本へ帰りたくないなあ。
と、少し休みたい症候群にかかってしまってる僕。
でも、旅行先でたくさん食べたし、日光にも当たったから随分回復できてるのかもしれない。
日本に帰ってすぐに悪化したりして。。

人を動かすこととまとめること

たくさんの人が動く仕事をしている。決して矢面にたってるわけではないけど、車でいうところのエンジンのあたりの役割を担ってる気がする。

規模が大きくなると役割分担が大事だったり、言い訳みたいな話は通用しなかったり、割り切りがものすごく重要なことを最近痛感している。言葉で言うなら、選択と集中ってやつ。

いいアイデアをだしたりする仕事ではなく、いいアイデアを出させたり、判断して動かす仕事は違う頭を使っていかなければならない。

そう考えると久々にそのあたりの仕事をやってる気もしたり。

今後、独立したとしても会社を変えたとしても、ここは変わらないと考えると冷静になれるし、潰れてる時間がない。

そういうプロマネ、プロデュースみたいな話の中で、未経験だけどとりあえず次の動きは整理できそうだ。と感じるのは、ウェブサイトという細やかなまとめをした経験だったり、肌感みたいなもんが活きてるんだろなと思ったり。

一部の人を除き、共有や人を動かすのが下手くそな人は多い。(自分もそうなる場合はある)

当たり前のことを当たり前のようにできること。いまの環境に甘えないこと。冷静な判断を常にできるようにすること。そんなことを考えていると、今がどうだとかあまり考える余裕はなくなってきた。集中できたら、それを超えるものはない。

うまくいくことの方が少ないと考えたら楽だ

最近、仕事がうまくいかない。

効率が悪すぎて、仕事が多くて、じっくり冷静に考えれている気がしない。

ギリギリ80点を取るのが精一杯。

と、ネガテイブ満載のテンションだけど、これって結局、考えすぎだ。とか、運が悪かった。とか、いろいろ考えてくと、もはやどうでもよくなってくる。

シビアに考えるとストレスが溜まるばっかだし、うまくいく方がまぐれ。と思うくらいがちょうどいいのかもしれない。

種類はどうであれ、うまくいくかどうか分からない、やったことがないことにチャレンジするわけだから、そこはしょうがない。

ただ、カネを貰ってるならば、その道のプロを使ったり、うまくいくように仕向けるのが僕らの仕事だ。

そこさえも曖昧にされてるようじゃ何も判断できない。

こいつ絶対失敗する話

最近は、あまり仕事に感情をいれないように努力する。そして、慣れた仕事ばっかやってたかは進め方を忘れた(こなれた)。

受け身な立場、偉ぶる人。実はパワハラまがいのことをする人。そういう人はいっぱいいる。敷かれたレールの中でやるのはどれだけ簡単か。

甘えさせるのはよくないと、最近痛感している。自分のリスクヘッジは、会社や社会はてくれない。ストレスをかかえてしまうことは、自ら性病にかかっていくのと同じだ。

それも含めて、やれることをやって、人のせいにしたりするのは、よいことだと思う。

こういうことは、冷静に書き留めれば書き留めるほど、ドライになっていくもんだ。

そんな斜めの視点でモノゴトをみると、失敗するやつしないやつが見えてくるし、行動もかわる。

もうちょい大人になろっと。

人と自分の評価基準

ひさびさにブログをポスト。

最近はとても忙しい(と、されている)。

どうにもこうにも余裕がない。

ドライ(無)になって仕事するほど、仕事感があるものはないだろう。

大人ですから、ギュッと我慢するわけだけど、本当の意味で考えなきゃならんことを冷静に考えるためにこの記事を書く。

まず、評価基準。今課せられてる課題。

1つは金。金を稼いでるとすれば周りは何も文句は言わない。会社員であるがゆえ、少なからずお金も見ているため、そこの基準が1つある。お金を稼ぐことは、自分への慰めにもなるし、目標にもなるからとてもよいことだと思う。

2つ目は、貢献度。公開できて広報できる仕事をするとかそういうやつ。確かに家族や友達に言える仕事は素敵だ。

3つ目は、教育。もう社歴的にも経験的にもそういうポジションになっている。

それでだ。最近はストレスが溜まるんだ。何が原因なのか考えてみると、多分案件の性質や業務の内容ではなく、『非効率さ』と『自分の中途半端なまじめさ』なんだと思う。

時間は平等。生産性を考えると、同時に同じ作業をしたり、無駄な会議に出たり、客がいるのにうちわでもめ出したり(お客さん内でね)、そういう時に時間が止まると非常にストレスが溜まるんだよね。

議論をするのが好物な人がいるけど、そういうのはやめてほしい。アイデアや考えを伝えるのはよいとして、広げてまとめる方向に誰かがしないと収集つかないし、話が前に進まない。

とかとか考えて書いてると、もはや一回転して、究極にドライになってみたらどうだろうと思う。だらだらした話は付き合わない。することして帰る。そういうことだろうと思う。甘えと優しさと曖昧さは非効率さを生む。

いろんな仕事があるのだから、自分の仕事の演者モードを使い分けたら、素敵なピエロというビジネスマンになれるんだと思う。

それがドライなビジネスマンなんだと。

そして、それがいっぱしの大人になることなんだろうと。

ホームパーティ

会社の同僚のホームパーティにお邪魔した。

高2と中1の女の子がいる家庭であまりその年代と接点がないのでとってもいい機会だった。

んで、仕事的な話でいうと、最近の若い子はってところでは、LINEやtwitter、instagramを使ってるってところはあるんだけど、検索はしない。

興味あるものはシンプルでメシとか水着とかそんなレベル。多分検索方法もお勉強なのだろう。

ここだけで判断するのはよくないけど、今の僕らの仕事のようなジャンルは誰に当てたものをつくるかってのは、今回の彼女らに水準を当てる必要はなくて、もっとビンビンな人なんだと思う。

ほんで、彼女らに当てるやり方はそれであるわけで、っていうよく考えたら当たり前の事を痛感しましたわけです。