ほらやっぱり。

目に見えてたことを少しやり方を変えてやってみた。
まわりはどうでてくるかと試してるところもあった。
そして結果は変わらなかった。

何がダメだとわかっておきながら、そんなお試しをやったのは大きな誤算。
風邪で熱があるときに、どうしてこうも苦労をせねばならんのだと。。ぼやきながら電車にゆらゆら。
やっぱり信用しないほうがよいのかと。

さきが見えていたので、自分のせいにすれば終わるのだが、そんなことをしても自分の筋肉がつくばかり。
ま、経験としてはよいのだろうけれど、チームとしてはよくないね。個人主義。個人尊重。
横社会はそこんところが本気で辛いね。

それ、僕の仕事じゃないとか、私の仕事じゃないとか区切りを付けられるのは、
会社を取り仕切っている社長だけだと個人的には思ってしまう。

毎回こんなことを言っているのは本当にアホらしいのでどこかで自分が動かないといけないのだろうけれど
面倒くさがりなのでそういう動きができずにいる。

こういうことを日々感じてる時点で、団体行動には向いていないのだろうと思ってしまう。

逆にわかっているからできることもあるのだけれど。

勘違いと感覚違い

この人あわないなーと思うときに、2つバターンがあると思っている。

1つは勘違い。言い直すと空気読めてなかったり、状況わかってなく自分勝手に人のことを考えず話を進める人。
時にはごり押しも必要とは分かるものの上手く言葉や言い方を工夫しないと、完全に残念な人に見えてしまう。

もう1つは感覚違い。これは言い換えるとリスペクトにあたる。僕はそんな人を外人と例える。

両方まぜこぜの時もあるが、ここはちゃんと見極めて仕事をしたいものである。

風呂敷広げて閉じる作業

大概それ。そりゃ、5年6年仕事してりゃ、どれくらいお金かかるかとかだいたい分かりますよ。新しいことでなければ。

風呂敷広げる夢物語

からの

話が広がって

からの

現実的なところに考えが落ちて

からの

フルで見積もりだして

からの

高いって話になって、一個ずつ説明して(これが要件定義)

からの

シュリンクされてモノができあがる。

からの

クオリティがどうとかじゃなくお金稼ぎ仕事になって、みんな目が真っ白に!

数字しかはかれない頭がかったい日本人の悪いところだと割りきる。

そこにどんだけ付加価値つけれるかがスキルな訳ですが、この「あのパターン」ってのを感じるとモチベーション下がるよなぁ。我にどれだけフィードバックあんのかって考えてしまう。

だから、立場はどうであれ前向きに考えたいよなあ。

ちなみにこういうことをいうのは、パッションと突破力の話です。
あと、判断力の話です。

金がどうとかってのは、個人のお財布がヒートしてる僕は理解してるつもりです。置き換えてみると簡単なこと。

だれが悪いんだろうか。だれがすべきだろうか。

最初からいってますやん。

からの

あとからやっぱりパターン。

もう、いちいち疲れませんよ。

折り込み済み。

だから、ノリで決まって流れに乗れる仕事は大好きです。

デザイン含めて2日しかありません的な仕事は、ある意味ではやりやすいのです。

全員割りきれるのならね。

結局のところどこからどこまでが企画なのか?

僕のなかに企画の定義は2つある。

1.整理するもの
ひとつ目は整理する企画。
デザインの提案はそれにあたる。
ある程度フレームが決まってるなかでの提案もそれにあたる。

何かを加速させるものをいう。
ただ、ワイアーフレームや構成があるなかのデザインは企画ではない気がする。あくまでも仕組みをドライブさせる起爆剤である。
だから、ここの理解は大切である。

2.イノベーションと驚き
二つ目はイノベーションを起こすような理解不能なもの。もはや発明に近いくらいのニュアンスのもの。

超割りきってコンセプトの割りきりができたデザインは時に企画になる。
一枚絵で伝わってくるようなものである。

企画書のワンシートにパワーがあるのも同じような事がいえると思う。

岡本太郎は、芸術は爆発だ。というけれど、同じだと思う。

そして、本日も悶々となりながら仕事。3本連続の打ち合わせは、やっぱり疲れるね。

雑務ではなくて考える仕事がしたいですね

もっとハングリー精神を。
チャンスは誰かが準備してくれるものではない。
時間はつくるもの。
仕事はつくるもの。
環境はつくるもの。
とかなんとか。かっちょいいこといっちゃって。

ちょっと愚痴いいます。
僕はWebの畑ではそこそこのプロフェッショナルだと思ってます。

コミュニケーションという視点でもそれなりに経験はしてきましたが、まだまだだと思ってます。

大きな仕事すべてが刺激のあることだとは思いません。

データがっちがちの仕事も違うと思います。

何がいいたいのかって?
素直に取り組める仕事をしたい。

そりゃ仕事なのでめんどくさいこともあると思うが、
僕は飽き性なのでいろいろしたい。
マーケっぽいことをしたり、アホな企画を真剣に考えたり、効率よくお金や時間を回したり、時にはデザインについて議論したり、泥臭いコミニケーションをしたり。

つらつらといつもブログに書き綴ってますが、バランスなんですよねぇ。何もかも。そして多分なんですけど僕はバランスがいんですよね。

よくも悪くもバランスがよいから、尖りきれないし、器用貧乏になっちゃうような気はしてる。

ほんで、まだまだ少年なんだと思いたい。真摯によくなると思ってできるアイデア。本気であったら楽しくなるエンターテイメント。自然と入っていけるプロモーション。使っていいなと思えるインターフェイス。

よくよく考えたらこのわだかまりは、4年前からずっと変わってない気がする。

成長してるんだろうか。

逆の発想

雑談ですが、最近こんな歯ブラシを買いました。

http://sinamon.jugem.cc/?eid=1208

普通は、縦の歯ブラシが横になってるものです。どんな感じになるのだろうかと磨いてみると、上と下が一緒に磨けるのはよいが、歯の裏が磨きにくかったり、結局よかったのかは判断できずでした。

ただ、逆転の発想を感じることで視野が広がりました。

そして、仕事のお話。
仕事がうまくいかないときどう感じればよいか。

その1
投げやりパターン
人のせいにしてみる
自分はできるのになぜこんなこともいわなければならんのか?
結果、環境のせいにしてストレスがたまる

その2
自分のせいにしてみる
こんなにもうまくいかないのは自分のせいだ。言い方ややり方を変えなければ。
結果、自分を追い込みすぎて鬱になる

その3
世の中のせいにしてみる(運のせいにしてみる)
ほんと、ついてない。それなりにやるか。
結果、何も変わらないが物事はとりあえず進む。

その4
自分は幸せだと思う
それでもやれてる自分は、ラッキーだと思ってみる。
結果、真摯に物事を進められる。

その5
その人を残念だ。と思う。
ある意味では軽蔑である。でもそう感じると人間ってのは比較しちゃうところがあるので、自分はラッキーだと思う。

その6
それもこれも愛や優しさで!
もはやジョンレノン。

と、散々な解釈や感じ方がある訳ですが、どーなんでしょうね。
世の中にジョンレノンは何人いるんでしょうか。

感情論や感覚ってのはホント厄介で数字や事実ってのは、明確である。

ただ、いろんな考えを巡らせてると、イイ意味で洗脳されてストレスはたまらないのだと思います。

なので横型の歯ブラシを見たときは一度受け止めて冷静に考えを巡らせなければと思うわけです。

もはや何いってるか分かりませんが、僕はそんな感じでグルングルン頭を回して仕事やってます。

だから疲れるのかもしれないんですが。気疲れってやつでしょうか。

もっとシンプルに考えられたらと思います。

表現のアイデアとストーリーテラー

デザイナーとは何だろうと思うことがある。線を引っ張るつもりはないし、尊敬していないわけではない。
もっというと対人間に対して。

ストーリー(構成)と見せ方は常にニコイチでいつも悩む。

ニコイチだから、一人で完結したほうがよいし、ニコイチだから分担、連携して進めた方がよいのかもしれない。

得意不得意が誰にでもあると思う。
作曲と作詞と編曲の関係だろうか。

作詞からメロディができる場合もあれば、メロディに言葉をのせる場合もある。そしてアレンジして歌が出来上がる。

すべて大事だけど、それでいうと
ノリでだれがどこまで貫くかが大事なわけで、仕事も同じようなことが言えるのかもしれない。

やっぱり一番大事なのは、セッション感。素晴らしいものはその時できるような気がする。
だから、リズムみたいなものは大事にしたい。

リズムが変調な物事はやっぱりとっつきづらい。