つながり

僕の悪い癖。こそこそ癖。
同じ業界の人だか初対面の人をネット上でこそっと探す。
分かりやすいのがFacebook。
タイムラインがにぎやかな人というより、ネットワークをみる。
あの人とつながってるから、こういう人だな。とか勝手に想像しちゃう。

今日もひとり。
簡単にプロファイルできる時代で便利になったなぁと思いつつ、そういうネット上の事実を中心に考えちゃう世の中はどうしたもんだろと思ったり。

そりゃ、悟り世代とかいわれるよなと。悟りかけている自分に少し腹立たしく思ったりして。

だからといって何がかわるわけでもないんですけどね。

デザインってなんだろう

昔の記事をあらためて。

昔わからなかった事が最近分かってきた気がする。

系統立ててまとめてみる。

1.ビジュアルデザイン(グラフィックデザイン)
主にキービジュアルや全体的にパッと見た印象を重要視するデザイン。カラースキームや写真の割合からくる印象が強い気がする。

2.インターフェイスデザイン(UI設計)
ナビゲーションデザインやギミックを含めたデザイン。矢印の向きやパネル風のレイアウトなどタップする、展開するなどの一連のアクションを含めたデザイン。画面の大枠のレイアウト構成はこれにあたると思う。

3.レスポンシブデザイン
コードの構造も考慮して、様々なデバイスに最適化する手法。

4.インフォメーションデザイン
これは、僕が勝手に使ってる言葉であり、最も重要視している考え方。
IAに近い。文章の構造化やグルーピングがこれにあたる。キャッチコピーや分かりやすい魅力のある説明文もこれだ。

5.シナリオデザイン(導線デザイン)
いつ、どうやって、その情報に直面し、適切な情報を適切な形で最適化すること。

2と4と5は、ユーザーエクスペリエンスとも言われるが大げさで複合的なもので訳がわからなくなるのでこの言葉は好きではない。

最後に
デザインのディテイル
グラデーションの付け方や、罫線ひとつひとつの細かいチューンナップ。
最近これにはあまり興味ない。

とまとめてみた。
これ全部をうまくまとめるのってすごい大変なことで、全部解釈してから落とさないとものすごく一方的なものが出来上がる。
ま、それが個性になるんじゃね?と楽観視を最近はしますが。

てか、
業務の広さを抱えきれなくなるんで、これは俺の仕事じゃねーよと言い訳して、つくる仕事に最近向き合っていません。

でも根本的にきっと僕はデザイナーである。こちこちモノをつくるというよりも、広くみたいから、今の仕事をしてるんだと思うよ。

ディレクターでもプランナーでもプロマネでもない。

と書きながらいっつも自分の考えを消化してる気がする。

パソコン置いて帰ったら。

パソコンを会社に置いていったら、気持ちがものすごい楽になった。
何かよくわからん責任感とか背負ってたのかもしれない。

でもそれは、単に物理的な方法を1つ遮断しただけ。
根本的には何もかわんない。
せめてペアで動かないと。と意識してるものの何故ひとりになっちゃうんだろうか。

責任を全うするということは、人がいないからという理由に押し付けることは違います。組織やチームにいる以上は、何人かで仕事をするべきだと思います。

やれるやつがやるという理論ではやれるやつが磨耗していっていくような気がします。そういう根性論はきらいです。

誰だってケツは拭きたくないし、どうせ拭くなら楽しく拭きたいものですね。

そうやって自分を慰めるのも嫌になってきたので、最近はやっとこさふっ切れて考えることができるようになりました。

別れと始まり

春は出会いと別れの季節。
ただ、最近は別れの方が多い。
そういう時期なのかなあとも思ったりするし、そういう業界なんだろなとも思う。

恋でもなんでもそうなんだろうけど、ネガティブな別れ方は気持ちよくないね。事情はともあれ悲しいのは確かだと思います。

と、考えると過去にすがる人間なんだろなとも思ったり。

でも自然に前に向けないよ。そんな季節は。

よかったこともあります。
精神的に病んでた昔からの付き合いのデザイナーの人が復活してました。
僕もそんな時期があったのを思い返すと支えてくれてる人たちのために頑張ろうと思います。

まっさらに考えれたらどんなに素晴らしいだろう

時間を経て積み重なっていくもの。
時間を経て複雑になっていくもの。
時間を経てなくなっていくもの。
何かを続けていれば、自然と何かがたまっていく。
老廃物と捉えればそれまでだし、思い出や経験と捉えれば美しい。

最近やる気がでません。
内向きに腹が立つことが多かったりします。腹が立つ理由はともあれ、自分主義の判断基準でそんなことになっちゃってるんだと思います。

僕はまじめとよく言われるんですが、きっと純粋ということではありません。演じてるだけです。

自分に跳ね返ってくる不利益なことをやらないように動いているだけの典型的なネガティブ&ストイック思考なのだと思ってます。
シビアに考えれば考えるほど、人はストレスがたまるもんです。

最近昔と違って仕事は趣味の一環です。みたいなことは言えなくなりました。そんな中で、会社をやめてみたり、会社にいたとしてもやり方やポジションを変えてみたらどうか?視点を変えたらどう変わるだろうかと考えます。

無責任なようですが、会社員って自分の金じゃないから、責任が曖昧になるが、その分、自分一人じゃ動かせない仕事に関わることができるんだと思います。

ただ、責任が大きくなればなるほど代償を欲しがる。自我がなくまっすぐ考えれる時期は環境にあっているということなんだと思う。限界なんてどこで自分が線を引くかどうかの違いはあるが、環境による作用点も大きい気がしてる。

独立したり、会社にいても個人レベルで動いていたら、自分がコントロールできる範囲で考えてしまう。でも独立したら動いたら動いた分だけ、ダイレクトに跳ね返ってくる。

どっちが自分のためなんだろうと左脳さんで考えたら、後者の方になっちゃうんですよね。仕事のやりがいが、時間や金になってしまうとそうなっちゃいます。

そして思考がぐるぐる。
もはや、肩に背負ってる肩書きをすべてまっさらにできたらどうだろうと感じます。