あーいえば、こーいう論、物事の表裏

なんか最近疲れてネガティブ思考になりがち。自由と責任、管理を考えたとき、言葉やルールには裏の考えがあって素直に受け入れられない時期がある。

◆その1
責任や権限を持たせた方が人が伸びる!というとする。

間違いではないと思う。

その方が自由にできるし、考えも広がるし、基本はそうだと思う。僕もそうしている。

ただ、それは管理ができる人がいないからそういうことをいってるんだ。と思ったりもする。

◆その2
休めるときに休んでください。という人がいたとする。

これも同じ。
まさに人任せ。気を使ってるようで無責任だ。休みたいんですが、こういう理由で休みたいんです。といっても、話が通じない時がある。休むために仕事を頑張るしかない。と思ったら土坪にハマる。

休むためにどうできるだろう。代わりの人がいないねん。と言われたら、無責任に聞こえるが、結局そういうことな気がする。

◆その3
頑張りましょうとまとめる
結論がでないまま、こういうことを言われると呆れる。体裁を守るためだか知らないが、どうしてこうも決まらないのか。

◆まとめ
書きながら自分の気持ちを整理してたんですが、結局は、割りきりだったりポジティブに捉えないとだめかな。
とうやったらポジティブに考えられるかを本気で考えたほうがいいみたい。

伝わってないのを1%でも自分のせいにしてたら許す

いくら目上の人であっても、1%でもそういう言葉や行動がないと正直やる気なくなる。

根本的にいうこと聞く要領のいいロボットには、誰しもがなりたくない。

最終的には、なるようにしかならない。
出たとこ勝負なのは、同感だけど。

それは、いろんな意味で力不足なんだと思います。

23:30ですが。

結果からいうとそれも楽しめるメリハリみたいなもんでとらえてるので大丈夫です。

今、23:30です。

仕事をしたって満足度と
疲れが溜まったっていう疲労度は決しって比例しない。

特に僕の場合、大阪で22時くらいまでに仕事が終われば、余裕ぶっこいて、一杯ひっかけますか?モードに変わるわけです。

これが、会社のある京都であればそうはいかない。覚悟を決めないとそのモードに切り替わらない。

これって不思議な話である。
多分お金持っててもかわんない。
自ずとホームグラウンドみたいなもんを設定してるんだと思う。

ま、だからいろいろ見えるもんがあるし、いんだけどね。

ウェブサイトなんて

じっくり構成やキャッチコピー、文章や画像イメージを考える時間があればそれなりに進むもんです。

僕なんて海外のデキたフォーマット使ってだけどそれなりに構成や文章の流れを考えることができるから、なんともそれなりに形になる。

絵だって作り込む時間があれば、それなりにしゅっとしたもんが作れる。

今は片手間でやってることもまとまった時間がありゃ、そりゃそれなりにできちゃうもんで。

そういう意味じゃ、少し勉強すればグリグリ動かないサイトであればできるんじゃないかと勘違いしちゃうわけです。

そもそもそういうサイトは好きではないので、よけいにこれでいんじゃねぇかと思ってみたりして。

逆にいうとそんなこと誰かに任せられないし、そんなこと引き受けてくれないのかよと嘆いてしまうこともしばしば。

いいのか悪いのか、最近はウェブサイトへの扱いがとってもひどいです。

でも未だに金になるんだよね。ウェブって。

人のことを考えないようにしてる

僕の立場は、挟まれやすい。
最近は自分中心を意識している。
まあ、突破力とでもいうのだろうか。

この仕事をしてたら、『仕切り』や『おまとめ』という名目でチームのテンションを物凄く考えないといけないのと、ディレクションという名目で責任をもって判断しないといけない。

まあ、仕事に関わる以上みんなそうあるべきなのだが、立場や状況によって不自然にその役回りがこっちにくることが多いともいえるのだろうか。

んで、突破力とは何かと考えたときに何が必要かと考えると責任である。

大きな仕事をしてて何かを進めているといちいち決めごとが発生する。
エビデンスとかドキュメントいう言葉が僕は世界一嫌いなのだが、セコい考えをもっている方々は、それを拠り所にしたりするので、ストレスになる。

何かを作るときや考えるときは、大概、その複雑な要件と自分のアイデアを繋ぎあわせ、調整をしていく。

僕は何かをつくってる制作者の時代があったが、一番のストレスは時間がかかることよりも、時間が見えないことだった。

それは、着地点が決まってないことであり制作側がいくらパターンをつくっても決まらない。

そこで進むことをやめてしまうと、余計に悪化する。そんなことはある程度経験がないと分かんないし、余裕がなければそんなことなんて考えれないんだよね。

とかなんとか、分かりながら全ての責任を自分だけに持つのは無理があると最近は思っとるわけです。

多分なんだけとも、そういうことを常に考えないと決まった仕事しかできなくなるんだよね。今の社長が受託脳はやめてくださいと言ったことがあるけど、それは賛成。

俺、時間給のオペレーターで一生飯くいたくないし。時間ではなくアウトプットの価値で勝負したい。

てことで、そんな未来や縛られてる日本社会がいやなので、自分中心で考えたい。

信頼を失う好意(超主観で)

信頼を失う、または面倒そうなコミュニケーション

メール編

BCCをよくつかう
顔合わせできない事情がある。
代理店など挟まっている時によくある。顔合わせしないのは守ってくれてるとも言えるし、余裕がない状況下、おまいら見とけよ的な意味合いもある。BCCなので返信はない。
あと、退職メールなんかでよくある。
個人的には、この機能を使うのは楽してるとしか思われないから使わない。
ただ、状況にもよる。

CCのメンバーが異常に多い
個人的にこれはリスクヘッジととらえる。相手方の担当者が属人的すぎると大きな仕事の場合コントロールができなくなる。

Toのメンバーが多すぎる
受け手がわの担当がよくわからないケース。誰に何をつたえればよくわからないから、Toのメンバーが増える

つらつらした文章
確認してください。だけだと行動動機にならない。◎◎のため、この部分だけでも急ぎご返事ください。とかにしないと後回しにしてほったらかしにされちゃう。僕は命令口調でも、いろいろとはっきりとせねばならん立場なので、このあたりは結構意識してる。

とかとかとか。いろいろと面倒だよね。仕事しすぎだよね。日本人。

おとな

仕事をしてると、あまり意識せずに暴言を吐いてしまうことがある。
多分、僕にもそういう荒いところがあるので人のことを言える立場ではないが、意識の話なのですこしまとめてみる。

僕は社内外問わず仕事をすることが多い。一方、お客さんは制作している人が見えないことが多いし、社内のスタッフもお客さんの顔やブレーンさんの動きが分かってないことが多い。

立場的に僕は挟まれるところにいるわけだが、そうなるとお互いの状況を見て判断することが多く、立場や状況を考えない無責任な言動に少し腹がたつことがある。

まあ、それに関してはお互いの立場として割りきるしかないんだが、人の仕事を理解するってのはホント大事なんだと毎回感じるわけです。

これがあるかないかで、コミュニケーションのストレス負荷は変わっていく。

勝手に暴言を吐くやつは、一瞬死んでしまえばいいと思うこともあるけど、一生甘えてやっとけや!と最近は思うようにしている。

干渉しすぎてもあかんしねぇ。
大人になりましたよ

コンパの席順とコミュニケーション術

飲みの席で少し話題になったので触れてみる。

久々にコンパ的なことをしたのですが、あまり盛り上がらなかった。

会話を回すという意味で席順大事です。どうやら、それを生業とするバーのマスターに聞くと、勝手にコミュニケーションが発生する配置と勝手にフォローしあえる配置が大事という。

まさにこれはプロデューサーの仕事だね。

何が不安か整理すると

要するにこの2つだけの気がする

自分で遊べる金がない
時間の使い方が効率悪い(もっと遊びたい)

最近は決して仕事人間ではなく、ちゃらい楽しい人間になりたいだけじゃないかと思ったりしてます。

将来性はどうか?と聞かれれば、流れるままになんとかなりそうと楽観視するのがよさそうだ。