プロジェクトマネージメントとよくいったもんだ

スケジュールが破綻しがちな、プロモーションのプロジェクトでのマネジメントってなんじゃらほいとよく感じる。

結局それって物事を決められるかどうかとか、機転が効くかとわうかって話で、どうにかするのはディレクターの仕事なんじゃないかと。

だから僕はプロジェクトマネージメントという言葉がものすごく嫌いで、ディレクターと名乗りたい。

変に器用貧乏でつながりもそれなりにあるから、プロデューサーって肩書きになってるが、決してそんな人ではないよ。僕は。

今の会社では、プロデューサーとプロジェクトマネージャが別で定義されてるけど、多分違ってて、

Aプランナー、ディレクター
Bプロデューサー、プロジェクトマネージャ

が存在としては近い気がする。
そういう意味では僕はAの方になりたいんだよな。 しょうにあってるんだよ。

ま、役割が明確だったらなんでもいんだけど。

5年後のおれと端末

今日久々にWindowsを自分の好みにカスタマイズしてた。そういう時間も必要だね。

よく考えたらWindowsのタブレットをそんなに使ったことがなかったので、いろいろ試していたんだけど、まあ最近のパソコンは良くできてる。

何だか感心しちゃった。
指でぺろんぺろんと操作してると頭に入ってくるというか。

不評のWindows10だけど悪くはない気はしましたよ。タブレットモードとデスクトップモード。アプリとしては同じ考え方。

キーボードが当たり前立ったけれど、メールやプログラムをごしごししないのであれば、タブレットとノートで事足りる。

そして、リキッドとかパネルとかユニバーサルな考え方になんとなく少し先の未来を感じちゃいました。

多分僕の場合は、
レッツノート的な小さなタブレットとと少し大きめのスマホを持って5年後は仕事をしてるんだろうなと。

そして家やオフィスではワークステーション的なノートで作業。

なーんとなくそんな未来が見えました。

会社とかビジネスって投資

言葉のあやだろうけど、そんな気がする。金だけじゃなくて時間も含めて。

投資してもらってることをありがたく思わなきゃと思う反面、会社や客がやってくれて当たり前と思うのは間違った考えなんじゃないかと思ったりもする。

リスクヘッジの方法ではあるものの、こういうことは、意識統一に悪影響を及ぼす。

さっき、とある配送の手配をしていた。びっくりするくらい時間がかかったわけです。

専門職でプロ意識をもつのはいいけれど、僕自身はまったくその感覚がなく、逆にモノも運べないのか?とか請求書書くのもできないのか?とか最低限の税金のルールもしらないのか?とかの方が大事だと思ってる。

だから、地味なことでもプライドがないならやってけるんだと思います。

で、会社とかビジネスとかの関係性はお互い投資。へりくだってるわけでもなく、地味なことで文句いわれようが、やってこうと思います。

学校でのコンピューター使用、成績向上に効果なし OECD調査 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

言葉っていう線引きや言い切りってのは悪だよな。ただ単にコンピュータを使う使わないの指標で学力を図るのは間違いで、全く同じ条件で計らないと正確な数値なんてとれやしない。

そうやって釣りネタ記事が増えていくのは悲しすぎる。

http://www.afpbb.com/articles/-/3060350

客のいうことだから

客を否定するのは、ダメなことだろうか?これには二種類あって、自分中心で否定するパターンと客のことを考えて否定するパターンがある。

前者は、ただの世の中知らずで哀れである。

後者は、提案である。
かわりの話と確固たる自信がなければ、それさえできない。

提案を否定して強引に進めようとする愚かな担当者は、結局そのレベルで終わる。自分以上のものはできない。

例え、組織の中で揉まれしょうがない状況であっても、その事実は変わらない。

提案が中途半端だったとしても一緒にするなら、寄り添って話をするか、見切りをすぐつけないといけない。
発注元の仕事は、判断することである。お仕事をいただけるのは、うれしいが金の対価は上下関係ではない。

何かしらの時間や価値を金で買ってる。人件費が利益のビジネスなんて全部そうだ。

そのうえで、客のイエスマンってどうなの?って話。金の流れだけで上からものをいうってどうなの?
威厳を保ってやるスタイルはええけども、そんなのは一部のスーパースターだけ。すごく出来る人は大概ものごしが柔らかい。

まあ、双方うまくいくんならいいけれど、ビジネスだし発注元なんてそんなことは考えないわな。

個人的には、
ふわーーっと決定権をあたえて
ふわーーっと最低限守ることを伝えて
任せて判断してもらう
道筋つくっちゃえば、仕事は終わりなんです。

主たるディレクターやプランナー、デザイナーは何人もいらない。
いたら喧嘩するから。

と、数年感じてるんだが、どうなんだろね。

パフォーマンスとチームワーク

すべてにおいて効率っちゅーもんは、これにつきる。僕は自分で器用貧乏だと思っているが、逆に言えばプライドもないのでなんの仕事だってする。

だから、仕事がありましぇーん。とかの意味がわかんない。個人と組織を比較すると分かりやすくて、誰かが誰かを支えてる。縁の下の力持ちもいたりする。そんなじみーーーな役回りが僕かもしれない。だから、誰に対しても金とか休みとかを求めてる訳じゃなくて、ありがとうとかいつもごめんねとかそういう言葉が純粋にうれしかったりする。

ただ、それが稼げてるのか?効率がええんかってのは話は別でそういうところは、僕は苦手なんだと思う。
僕自身も営業的な脳みそになってる時はそういう頭になる。

てか、そういう実行部隊の脳みそと営業的な脳みそは別であるべきで、それがチームとか役割とかそういう話なんだと思ってる。

とかなんとか、スイッチいれまくらないといけない。のは辛いですなぁ。
クオリティーだけに対して親身に向き合える時間がどれだけ素晴らしいものかと嘆く。

じぶんごとばかりになっちゃったけど、僕にとってのパフォーマンスは、立場を問わずそういう事を分かってる人たちとの関係性で成り立ってる気がするよ。

マーケティングプランナーいうてるひとが

ターゲットのセグメントについて、僕レベルでつっこまれてる時点で仕事ができてないのと一緒ですよ。

クリエイティブはどこかに預けたとしても、整理して整理して見えてくるもんがあるはず。

いっくら賢いロジカルな企画があったとしても、そんなもんはただの考察資料でしかない。

って思うときがあるんですよねー。

たかがWebサイトされどWebサイト

ペロッとしたページといわれようが、そんなことはあなたの感覚でして、お金稼ぎなので取れるだけ取るのが商売なんですよね。

基本的にはカスタムメイドの話であり、お金がブラックボックスだったとしても、財布の中身を提示するとか、条件を絞っていくとか、それでも難しいから交渉するとかは、他の業界でもあたりまえの話。

カスタムメイドなら余計に発注も手間なわけで、発注するための決定事項がないまま金もなにもだせねーよ。
というのも当たり前の話。

たとえば、レストランで
何か食べたいんですよ。と注文し
こういうのどうですか?と答えて
じゃあそれで!とオーダーし、
まずいからお金払わない!
というのは、やっぱりおかしい。

そあーだこーだなるようなら、見積もりと契約書を一緒にだしてハンコをつかせるのも、これもまた当たり前の話。

ゆるくできてるのは、関西と言う土壌の話と変な業界の価値観や文化なだけで、そういうことを考えてるやつは痛い目みりゃーいいんだよ。と思うわけです。

反省とディレクションの愚直

どーしよもなく、何故か俺が誰かの仕事をちゃんと頼まれてないのにしてる。ほんで、自分が我慢すれば、できちゃう。んで、それでも感謝されないのであれば、もうぶちギレである。

これって不幸な話である。
いい人(人のことを考えて動く人)は騙されるってのはこうゆうことである。

と、キレてるのはディレクションと切り分けの話ばかりである。

ちょっとディレクション額の計算式をつくってみようと思う。ディレクションといえど、テクニカル、アートも大きくは同様。

掛け算の要素があるとすれば、

自分の時間の要素
1.課題を与えられて、決めることが出来そうな時間
2.打ち合わせなどで話をとりまとめる時間
3.それらを共有できるまでの時間
4.内部で進行管理する時間
5.進めながら、調整する時間
6.上記のバッファ

関わる人の要素(難易度)
1.自分より上の決裁権のある人の人数
  
2.説得するための難易度
   普通なら1、おまかせなら1以下、宇宙人なら、1以上を掛け算

予定の立てにくさ
1.リスケとバラシ(キャンセル料、延長料金)

この話って言える言えないことはあるとして、誰でも理解できると思うんだけど、考えれば考えるほど個人のスキルによったりするので、違うなと思ったりする。

もうさ、進行管理とディレクション(きめごと)を分けたいよ。
世の中には決めるために動ける人と決まったものに対して動く人がいるんだから。

勘違いとあたりまえ

勘違いしてる人が多い。あたりまえと思うことができてる人は、少ない。
てか、自由を尊重し、多様化するなかであたりまえの基準がなくってる世の中だ。

無理ですよ。と言いまくらないと制御できなくなるアンコントローラブルなやり方は、僕は信用できないなー。