アンテナ貼るとか感覚値とかって

オフィスにいたら絶対生まれない。百聞は一見にしかず。いくら頭ん中で論理的にまとめ上げた企画でもオペレーションの現場とかユーザーが使ってる様子とか見ないと成立しない。

いくらダサい刷り物でも情報がキチンと目的あって伝わるものなら、成立するしそれの方が意味ある。その逆もしかりでいくらかっちょいいデザインでも目的がなければ、ただのゴミ。

仕事するならば、そういう感覚を一番大事にしたいと思うわけです。アーティストではないからね。

スピーディにカッコつけずトライアンドエラーするのは必要。

値付けと価値

予算が決まってるから、この中で仕切って!

工数これだけかかるから、追加でよろしく!

どちらも自分勝手だなぁと思う。立場ありきのコメント。俺は両方の気持ちわかるから歩み寄ろうとはします。

それが出来ないのって、自分だけで仕事してるやつか、時間と気持ちの余裕がないかだけだと思います。

そもそも価値ってのは、もともとついてるものではなくて何かに対してつくわけで、何かの基準がなければ、判断できないわけです。

高く見積もりだすなら、緩急つけて言い訳しやすくつくるべきだし。金だけボコッと言われても信ぴょう性に欠ける。

予算が決められているならば、それでできるやり方を考えるのが仕事だと思うわけです。

じゃないと話が前に進みません。僕の中でビジネスで無能な人ってのは、そういうことを分かってない人、できない人だと思います。

社会人の常識だと思いますが。

自分のために働きます

自分勝手とか思われるかもしれませんが、そうします。誰かに媚び売ったり、フォローするのも自分のためかどうかという基準で考えると随分楽になる。

偽善者は嫌だし、できないもんはできないし、器の大きさってのはそこのような気もします。

ほんで、チャレンジとして違う世界に飛び込むとしよう。あえて縛らないようにしてるのがよいか悪いか、俺は何でも屋さんである。

それでいい。それがいい。専門職ほど逃げ道のない職業はない。それはいやだ。

専門職ほど、ストイックな職業はない。

まわりの形が変わっても自分のスタンスは全く変わってないことに気付く。

自分がしっかり現実を見つめれているのか?周りが遅いのか?世の中の風潮が勝手に変わってるのかはよく分かんないけど、自分は自分だし、大切にしたいもんである。

たったメール1つがまぎらわしい

あたりまえの話で、決まりきってることならまだしも、違う部署やら外部やらにお願いごとをするならば、

関係者が複数に及ぶならなおさら、メールで5Wの計画や見通しを1発で立てれるようにまとめてもらいたいものだ。

要するにフワッとしたメールは腹がたつ。

いつまでに

なぜ

だれが

なにを

どうやって

いくらで(どれくらい時間をかけて)

子供じゃないんだからさ。

ありがとう1つありゃいんだけど

ま、気持ちのおもてなし含めて仕事だとすれば金もらえりゃヘコヘコするんだろうが、ものすごく上から来られたり、うわべの話だけで判断されると腹がたつのが人間ってものです。

そのレベルの話ということかもしれませんが。

ありがとうの言葉ひとつあれば、多少は気が楽になるのかもね。

落ち着いてそんなことを考えられるようになったということは、少しは精神的に成長したんだと思います。

精神論と根性論

僕は多分文系なので根性論は嫌いであった。

ていうか、精神論と根性論を同じ意味に思ってた。現実論とでもいうのか、僕は理路整然とした論理の中で生きててたと思ってたが、行き着くところまで物事が進むと、もはや割り切れるというか、後ろをみてもしょうがないという気持ちになるのである。

でもその上で、根性で踏ん張れ!って感じではなくて、精神で乗り切れるよ!って思うわけです。

今日は熱もあったし、しんどいけど出張へ行きなんとかやれてるし、精神が負けたらうつになっちゃうわけだし、結局病は気から言う通り、精神が健康ならなんとかなるわけです。

と、少し精神的に大人になったんだろな。と思った1日でした。

ちゃんちゃん。