2015振り返り

気付けば師走。あっちゅーまに今年も終わってしまった。博多に始まり、博多で終わった2015年。嫁方の実家で紅白をみて、三社参りに行き、太宰府で写真撮って、にわかせんぺいのアイマスクして、福岡の仕事ちょい挟んで、大阪でなんとなく過ごしまた福岡の仕事をする。そして、今年も嫁方の実家で紅白を見る予定。

仕事では、いつもどこにいるのかよく分かんない1年だった気がする。フラフラと移動しながら、西日本は狭いなと思ったり、将来の事を考えてみたり、振り返ってみるとなんだかんだで落ち着いた1年でした。力抜くとこ抜いて本気出すとこは本気出した感じか。

プライベートはなんだかグタグタでした。

ま、充実してるわー!ってのは忙しくすることだと思うので来年はいろいろ詰め込もうかなと考えてみたり。

年末ジャンボあたるかなぁ。

ランダムとか意味わからんという言葉が好き

秩序がある定番も落ち着くけど、ランダムとか理解不能な出来事があるからおもしろい。

見たことないとか楽しいとかそういうのはおおよそこのロジックでできている。

逆に意味わかっちゃうものはつまらないし、場合によっちゃあ見透かしてしまうもんです。

言葉とネットって怖いですなー

  
とかくまあ、僕的にはおばはんであろうがおっさんであろうが人間としてみてるわけで、言葉でかえすとこういう風に受け取る暇な人もいるわけで、そりゃ、こっちの方が文字の見た目的に印象があるので、世の中はクレームやらやらで冒険できへんわっておもた。

ま、そんな考えが浅い人は幸せになれないだろうけど。

性犯罪もしていなければ、年上にはあまり興味あらず、クレームの攻撃力弱かったようです。

イノベーティブな仕組みを入れるより

泥臭い日々の業務を遂行できるほうがよほど信頼できる。

便利なモノは入れるべきと思うけど、結果的にうまくいかないのは使いこなせないというオチ。面倒なオペレーション作業は仕組みで効率化できたとしてもゼロにはならない。

動き出してうまくいかないのって、連絡いってないとか意識が低いとかイノベーティブな仕組み以前のお話がほとんどである。

こういう仕事をすればするほど、そういう所が見えて仕方がない。

愛されるパクりかたとパロりかた

仕事上、コラボとかのやつやりますけど、こういうエモい感覚的なのんって、ノリが重要というか、分かってるか分かってないか?を重視されますよね。

分かりやすいのが、平たく考えると1番よかったりするもんです。

人の仕事をするというのはどういうことなのか?

そもそもイライラしてる根本の原因という意味が2つあって

1.切り分けが曖昧

責任や範囲の切り分けができておらず、誰がやるのか曖昧になっている。もしくは曖昧にしちゃう。一緒にするという言葉は、僕は嫌いである。

なので、ハズレくじ引いた人がやる。みたいな状況になる。そして、それができてしまうと信頼という形でくじをひきつづけることになる。
2.フォローできない

切り分けができててもポカしちゃう。

責任者と実務者が分かれてるんなら、ポカしちゃった場合も何とかせねばならんのだが、何とかする方法が少なければ少ないほどイラッとしちゃう。八方ふさがりってやつ。割り切るために損得で判断してると余計にそう思う。

横文字わからん

ウェブな企業は横文字

ブランドの問題を解決する室 体験を生み出す班

しごと

仕事と私事。

仕える代わりに対価をもらう。

仕事を私事にして、私事を仕事にして、自分の個性を発揮する。

真逆の発想なんだけど、ビジネスマンとしては両方必要なんだよね。バランスが大事。

言ってもいい言葉とダメな言葉

どの立場であろうがそういう言葉があると思います。一瞬で信用がなくなります。

そういう意味で、僕は人を信用しない前提から入ります。客は当たり前、近くの人も平気で疑います。

だから、自分で考えるし、根本を見つめようとはする。統制をとる立場の人がふと吐く一言に本音が含まれてるのかもしれないけど、そういう一言が信用をなくしてしまうので、僕も今後は注意したいと思います。