夢や理想を語ってできないならば

ただの夢追い人なわけで、ビジネスにはならないし、飽きるほどそんなうまい話を聞く。

そんなスタンスだから、おもしろくないと思ったりもするし、現実肌になったりする。

オペレーションだけでもつまんないし、ディレクションとかプロデュースって一言でいってもそんなに簡単なもんじゃないんですよね。

で、そういうのってどうやって培われたかって痛い経験でしかないんだよね。

業界はもう12年選手。大口たたくようにもなったもんだよ。いままで、誰かがまとめてくれてたり、ケツを拭いてくれてたんだとも思う。

だからねー、シビアに見極めしなきゃならんのですよ。

俺は多分コスパしか頭の中にない。

SNSや言動がつくるイメージ。

それはなんとも不気味である。仕事してるとはみ出てる人が目立つ。個性があるから、新しい動きをしてるから、はみ出てるわけであって協調しまくりな人は目立たないとか人と合わせてるとか言われて干される。まあ、そういう社会は結構面倒である。

でも、情熱の押し売りはどうも最近苦手で自分自身が受け付けない。疲れてる時はそういう言葉に励まされたりするものだけど、疲れてなければ、ただただノイズにしか聞こえない。

もっと自由にしたらいいじゃんという人ともっと責任持って自分の仕事してくださいという人はその時点では噛み合わない。

そんなこんな合わせたり合わせさせたりで人は動いてるわけで、そこにSNSやらで仕事の話題が入ってくると、無理くり引き戻された感じがしてどうにも嫌悪感がでてくるのだろうか。

だから、自分の中ではSNSは分けている。そういうノイズは本当に無駄だ。ネタ化する以外使い道がない。

おもしろいやワクワクはどこでスイッチが入るのか?

久々にポジティブなことを考えてみる。

まだまだ業界10年プレーヤーだけど、最近広告やブランドコミュニケーションの見方や見え方がとっても変わってきた。年もあるし、時代もあるように思える。

ちょっと表現に凝った広告やCMにはどうも鈍感になってきた。タレントを使ったベタベタな広告は全て同じに見えてしまう。

全ての人がそうとも思わないし、趣味趣向はあって当然なのでそれ自体は否定しない。

そういうこともあってどうしても仕事に身が入らないのである。なので、まずは自分を分析してみようと思う。

1.クリエイティブ視点で

コピーワーク含むグラフィックで成立するもの。モーションありきで成立するもの。ウェブで効果がみえるもの。イベントだから成立するもの。

万能ではないし、作用点とかタッチポイントとかそういう言葉で語られるようにいつどこでどのタイミングで見たものがどれだけというのは真剣に考えなくちゃいけない。

受け皿になるウェブサイト(オウンドメディアばかり)を作ってきた人間としては、その前のことが1番重要だったりするし、最近ではそのオウンドメディアさえもいらないのではと思ってしまう。

2.ブランド視点で

コラボは飽きた。まさかの生まれ変わりも疲れた。形を変えたりブランドを展開するのはいいけど、やり過ぎてなんか薄まってる気がするのは僕だけか。エゴなのか時代に取り残されてるのかもしれないけど。

G1レースは異常に増えて、プロ野球は仕組みが複雑になり、ひっちゃかめっちゃかロゴをプリントした雑誌の付録が増えて、ブランドのダシ汁的にコラボをしてる。もはや遊園地は本来の遊園地の形をなくしてる。

完全に昭和人間なわけである。だからテクノロジーには興味があまりない。むしろ昭和な時代に憧れたりする。

3.ムーブメント視点で

僕は中途半端にミーハーである。お笑いは好きだし、流行ってる音楽や流行り言葉にとそれなりについていこうとする。そして安直な発想で、とりあえず広告のコピーに#をつければ今っぽくなるんじゃないかとダサい発想に結びつく。それをダサいと思う人もいるとは思うし、共感する人も少なからずいるんだとは思う。

#つらつらと書きますが

何が最近おもろいかって、

知らない街を発見するとか、地下鉄のサインとか街の変化とか、JR大阪でめっちゃすきやねんのチャイム聞いたり、そんなものすごく日常のことなんですよねー。なんて泥臭い。まずまず今やってる仕事でワクワクしなければ、おもしろいとは思わない。間違いなくウェブサイトで感動はしない。

でも、ドラマで泣いたりはする。

ラインのスタンプで喜んだりする。

キャピキャピしてるのか、すごいシュールなのか。メジャーコードなのかマイナーコードなのか。キーの違いはあれど、転調しすぎるのは好まないし、ベターなやり方を好む。

とりとめないけど、なんかそんな感じなんだよなー。言葉だけの広告とか、そういうのを今やればいいのにね。ウェブなら音だけとかね。ラジオとか流行ってるみたいだけど、そういう情報疲れをつくる側の僕も当事者として感じてしまってるのかもしれない。