人と自分の評価基準

ひさびさにブログをポスト。

最近はとても忙しい(と、されている)。

どうにもこうにも余裕がない。

ドライ(無)になって仕事するほど、仕事感があるものはないだろう。

大人ですから、ギュッと我慢するわけだけど、本当の意味で考えなきゃならんことを冷静に考えるためにこの記事を書く。

まず、評価基準。今課せられてる課題。

1つは金。金を稼いでるとすれば周りは何も文句は言わない。会社員であるがゆえ、少なからずお金も見ているため、そこの基準が1つある。お金を稼ぐことは、自分への慰めにもなるし、目標にもなるからとてもよいことだと思う。

2つ目は、貢献度。公開できて広報できる仕事をするとかそういうやつ。確かに家族や友達に言える仕事は素敵だ。

3つ目は、教育。もう社歴的にも経験的にもそういうポジションになっている。

それでだ。最近はストレスが溜まるんだ。何が原因なのか考えてみると、多分案件の性質や業務の内容ではなく、『非効率さ』と『自分の中途半端なまじめさ』なんだと思う。

時間は平等。生産性を考えると、同時に同じ作業をしたり、無駄な会議に出たり、客がいるのにうちわでもめ出したり(お客さん内でね)、そういう時に時間が止まると非常にストレスが溜まるんだよね。

議論をするのが好物な人がいるけど、そういうのはやめてほしい。アイデアや考えを伝えるのはよいとして、広げてまとめる方向に誰かがしないと収集つかないし、話が前に進まない。

とかとか考えて書いてると、もはや一回転して、究極にドライになってみたらどうだろうと思う。だらだらした話は付き合わない。することして帰る。そういうことだろうと思う。甘えと優しさと曖昧さは非効率さを生む。

いろんな仕事があるのだから、自分の仕事の演者モードを使い分けたら、素敵なピエロというビジネスマンになれるんだと思う。

それがドライなビジネスマンなんだと。

そして、それがいっぱしの大人になることなんだろうと。